所詮は生体解剖

◆6歳未満臓器提供へ 両親の言葉

臓器提供を美談のごとく取り上げようとする傾向があるが実態は生体解剖である。

戦中に九州大学で米軍捕虜を用いた生体解剖実験が行われた。この米軍捕虜は日本空爆した爆撃機の搭乗員で死刑判決がくだされていた。本来ならば銃殺刑に処せられるところ解剖実験に回されたわけである。

中華人民共和国では現在でも生体解剖が行われている。この生体解剖は実験解剖ではなく臓器売買を目的にした臓器切り出しのためで当然ながら対象者は死亡する。この対象者とは死刑判決を受けた人達であって、その多くは法輪功学習者である。臓器取り出し手術にはしびれ薬のみ使用され麻酔は使われない。麻酔薬を使わないほうが臓器の新鮮さが保たてるという理由による。

心臓や肺が切り取られば生体は死ぬ運命を逃れられない。少なくとも自発的に生きることはできない。そのために臓器提供は万にひとつの可能性までも失ってしまうことになる。この可能性を見極めるには一定期間においての見極めが必要である。脳死と判定された生体が手を動かしたり心臓が1年以上動き続けた例が報告されているからである。

しかし現実には早々に死んだことにして臓器取り出しが行われる。それは新鮮な方が移植に好都合という理由のためである。心臓の摘出について言えば心臓が動いている状態で開腹し、血管にカテーテルを挿入して保存液を注入し心臓を停止させるという方法が行われる。
これは本来ならば殺人罪に該当する行為であるが、脳死を人の死と位置づけているために心臓を故意に停止させても医者は殺人罪で裁かれることはない。
2014年11月24日