#0001/9999 実録シリーズ
★タイトル (XXXXXXXX)  95/ 5/26
売買春及びMOMOさんの人間像                    
★内容

この記録はMOMOさんの人間性を物語る資料のひとつです。
MOMOさんの意識の変遷が顕著に現れています。

なお都合上、本編は従来の記録で慣例的であった解説は作成していません。


                     編集者:完全変態 
                     編集日:95/05/26


#2369/9999 フリーボード    *** コメント ***
★タイトル (QQE40628)  93/ 1/30  17:10  ( 38)
RE2314>77さん              MOMO
★内容
えーぢつはわたしは行きがかり上たねりさんと対抗していますが、喧嘩
しおおというほどの体力も気力も持ち合わせていませんで、、(^_^;)

たねりさんが女性を蔑視しているかどうか、ということについてはわた
しは確信が持てないでいます。最初の発端になった、「女子高校生売春
斡旋広告」にたねりさんがレスされた時は、高校生の娘を持つ母親とし
て、カッカしていちゃもんをつけましたが、その後の耽美的なたねりさ
んのMSGは、女性蔑視とはちと違うよに思って興味深く読んでいます。

古い文献を紐解いて、白拍子、遊女の歴史的な考察をたねりさんなりに
述べておられるのも、娼婦の美学を立証したいという情熱が感じられて
なかなかのものだと思っています。

かといって、たねり説を支持するわけではありませんからね。売春とい
う行為を正当化するだけの説得力はたねりさんにもないでしょう。せい
ぜいが「人のすきずき」くらいで落ちつくことでしょう。

主婦が定義のしかたによっては売春婦、というのは乱暴な意見ですが、
とくに目新しい発言でもなく、これはコトバのアヤでぽろっと出たもの
でしょう。結婚に当たって女性が「性を売って代償を得る」という発想
は、働く女性が大半を占めるようになった現代では古いものになってい
ます。むしろ現代女性は「仕事を取るか、結婚を取るか」といった二者
択一を迫られて、愛する人との家庭を築くために、実り多いかも知れな
い職業人としての自分を捨てることが多いのです。

たねりさんと真っ向から対立しているAKITSUさんの姿勢はわたし
は大好きです。現代において、性的に寛容なのが文化人といわんばかり
にルーズな性関係が世の中に盈ち溢れている中、頑固なまでに乱れた性
を否定されるAKITSUさんの美意識を、わたしは高く評価したいと
思います。

なんか、風見鶏ふうになってしまいました(^_^;)。いろいろ言いたいこ
とはありますが、時間がないので今日はこの辺で…。


P.S.たねりさんがアーさんと呼んでおられるのは、AKITSUさ
    んのことじゃなくて、VANのAAさんのことですお。
                            MOMO



#2610/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/ 2  22: 8  ( 45)
RE:2369 一言いわせて頂きます>MOMO  完全変態
★内容

 >主婦が定義のしかたによっては売春婦、というのは乱暴な意見ですが、
 >とくに目新しい発言でもなく、これはコトバのアヤでぽろっと出たもの
あなたは主婦だと思いますが、主婦の立場から見るならば「定義のしかたによっては
主婦も売春婦といえる」ということを、乱暴な意見であるとMOMOさんが感じら
れるのは不自然だとは思いません。

しかしアホツ(AKITSU氏)に対するMOMOさんの評価は、はっきり言って
MOMOさんの買い被りであると申し上げておきます。
アホツの議論に対する姿勢は、第一にたねりさんの論旨を意図的に曲解し、
曲解したものこそがたねりさんなどの論旨であるとして、因縁を付けている
だけなんですよ。

こんなアホツに、乱れた性に対する危惧とか、現状の性に対する否定などという
高邁な精神など有り得るはずもないのです。
アホツはただ相手に勝ちたいという気持ちにより、自らが不勉強であることを
恥と感じることがなく、ただ相手を罵るという芸当しか出来ない男なのです。

さて今回の売春に関わる事ですが、MOMOさんは社会的見地からみた売春と、
学問的見地からみた売春というものを、混同されているのではないでしょうか。
これをごった煮にしてしまいますと、見えるものが見えなくなってきます。
社会的見地から売春というものを眺めれば、売春の道義であるとか、是か非かと
いうことになりますが、学問的見地から眺めるならば是か非かという事より、
売春が生じるための社会的背景とか、歴史的には売春や売春婦がどのように捉えられ
て来たとか、更に売春とはどのようなものであるかという事が、研究のための材料に
なるということです。

たねりさんの主張は「性の商品化」という事から、売春というものを取り上げられ、
「対価と引き替えの性の受け渡し」という定義に添うならば、短期契約と長期契約と
いう違いはあるものの、売春婦と主婦には「共通要素」があると言えると述べられて
いるのです。
これは人間も猿と同じく「霊長類である」とか、人間も豚と同じく「哺乳類である」
というようなものと同じで、人間と豚を同一視するのは人間の尊厳を犯すものである
というような苦情は、見地というものを取り違えた結果であるということが、
お分かりになられるでしょうか?

ですから売春婦と主婦が、定義(又は「共通要素」)によっては、同一であると
言えるということなのです。
それを売春婦という個体と、主婦という個体に分けて考え「相違部分」に
目を取られてしまえば、珍妙なやりとりになってしまうのは当り前です。
そしてアホツは能無しのため、定義というものが理解できず、あいも変わらず
アホ振りを晒し続けているという分けなんですよ。

                         完全変態 1993/02/02

#2659/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/ 3  14: 9  ( 55)
議論に対する姿勢>完全変態さん          MOMO
★内容
ここFREEボードでは、真摯な議論というものが少ないように
思います。喧嘩をふっかけるための議論であったり、相手を貶め
るための議論であるのがほとんどで、発展的なまた生産的な議論
は滅多にお目にかかれないのです。

>アホツの議論に対する姿勢は、第一にたねりさんの論旨を意図的に曲解し、
>曲解したものこそがたねりさんなどの論旨であるとして、因縁を付けている
>だけなんですよ。

これはことAKITSUさんに限ったことではないと思うのです。
AKITSUさんのNIFでの発言がどんなものであったかは知
りませんが、VANのFREEボードに関する限りはAKITS
Uさんは「郷に入っては郷に従え」というのを実践しておられる
ように見受けられます。だからアホツと呼ばれてもそれに対する
抗議もいっさいなさってないでしょう?

わたしも例に漏れませんが、たねりさんにはわたしはなぜか悪意
が持てないのです。たねりさんのちょっと抜けたところなんかも、
けっこう好きです。かつてわたしが「人類あと50年説」などを
言ったとき、「なぜそう言うなら子どもを二人も産んだのですか」
などとまぜっかえして、環境問題についてまともな議論ができま
せんでしたが、これもFREEボードの宿命と思っています。

RICEさんなどには顕著にそれが現れています。彼はRICE
レポートをAKITSUさんに批判された悔しさを、たねりさん
に組みしてAKITSUさんを攻撃することで晴らしているよう
に見えます。RICEさんが売買春擁護派でもないのにも関わら
ず、です。江戸の仇を長崎で討つ、というのもFREEボードな
らではの出し物です。

昨夜「どっこいしょ」と、まるで重鎮が重い腰をあげたみたいな
現れ方をしたkidoさんなんかもそうです。彼はわたしのこと
を「おためババ」と呼びたいがために議論に参加しようとしてい
るわけです。

ホンネを言うところ、というのがFREEボードの建て前ですが
もう少し見ておられると、ここはホンネは棚に上げておいて、仲
良しさんたちが一致団結して、気に入らない人間を叩く場になっ
ているということにお気づきになられると思います。

で、本題に入りますが、社会的見地から見た売買春と学問的見地
から見たものをわたしが混同しているというご指摘、おっしゃる
通りかも知れませんね。学問的見地から売買春の歴史を考察して、
「性の商品化」ということを研究するのもまた意味深いものかも
しれません。

純粋に研究対象として売買春を云々するのなら、そこに是も非も
ないわけで、論点は、過去の文献をどのように解釈するかという
ような専門的なことになってきます。それは素人のわたしには分
からないことですので、何もコメントできません。よくご存知の
方々のレクチャーを感心して聞くことになると思います。

わたしの立場はあくまで社会人として売買春をどう捉えるか、と
いうことに尽きると思います。
                         MOMO



#2997/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/ 7  17:23  ( 90)
RE 2659 う〜ん、それはどうかな>MOMO 完全変態
★内容

アホツ(AKITSU氏)の態度が、「郷に入れば郷に従う」という言葉通りの
ものであるというMOMOさんの御意見ですが、それはFREE をどのように
評価しているかによって異なることでしょう。
MOMOさんから見れば、発展的また生産的な議論が少ないと思われても、
人それぞれが望んでいるもの、あるいは目的としている事がなるのですから、
必ずしも発展的では無いと言い切れないと思います。

また喧嘩と言いましても、議論というスタイルを採用している場合に於いては、
それなりに見るところはあると言えます。
議論を行なうには論旨が大切でして、人それぞれの考え方があるにしても、
論旨が噛み合わない場合は陳腐なやりとりになってしまいますので、定義と
いうものを必然的に採用する事になります。
定義から外れた意見は「野次」と同じであり、本筋とは関係ないことです。
とは言いましても定義は固定的なものではなく、「枝別れ」をして新たな議題に
発展をする場合もあります。
しかしどのように枝別れをしましても、応酬している相手同士には暗黙の内に定義
が出来上り、喧嘩というスタイルであっても議論が進行する事となります。

さてアホツの場合ですが、彼は意図的に論旨を曲解して相手の主張と置き換え、
それに対してアホツが攻撃をするというスタイルは、とても議論と呼べる代物
ではなく「野次」と大して変わらぬ事なのです。
NIFTY とPCVAN の議論というもののレベルには大きな開きが有り、レベルの低い
NIFTY でAKITSUは議論もどきを行なって来たのですが、今アホツがRICEさんや
たねりさんに対して行なっているやり方は、アホツがNIFTY にいる時には少なかった
のです。
つまり現在アホツに対し、まじめ風に意見を述べる相手に対して返すようなものが
一般的なのでしたが、PCVAN のレベルに於いてはアホツの論理構築など御粗末過ぎる
ので、アホツの論理などいとも簡単に崩れてしまうものばかりなのです。

そこでアホツが考えたのかどうかしりませんが、アホツが目的としている事は
ただ「相手に勝つ」という事なので、アホツより議論のレベルが高い相手には
相手の論旨を曲解して、攻撃を行なうというスタイルに至ったのです。
この場合のアホツには、議論という手段を用いた自己練成など無く、相手に
対して「負けたくない」という気持ちが強く働いており、現在のたねりさんや
RICEさんと比べるなら、アホツは精神的レベルに於いては「既に負けている」と
言えるのです。

私はMOMOさんの事を殆ど知りませんが、それでもあなたの文面をいくつか
見て来れば、どのようなお気持ちがあるかぐらいは分かります。
人はそれぞれなのですが、その個人に焦点をあてて見るならば、年齢などとも
関係する事によって、「保守的」と「革新的」の立場に別れます。
議論を用いて自己練成を行なうというお気持ちであっても、保守的であるか
革新的であるかによって、その人の好嫌いが左右されてしてしまうのです。

MOMOさんが主婦であり、お子さんを高校生まで育てたという自負と関わり合って
いるものと思いますが、あなたの人生の過程という事からみれば、MOMOさんは
「守りの態勢に入っている(保守的)」ということです。
つまり御自身の生活とか考え方を変えてまで、新しいものを手に入れようとする
お気持ちは、既に無くなってしまっているだろうと言うことです。

その為MOMOさんは、通信の世界に於いても守りの気持ちの方が強く、
たねりさんの考え方が世間に浸透をしてしまえば、MOMOさんの生活の基盤の
破壊という事まではいかなくても、MOMOさんが生活をしている環境とか
MOMOさんに対して(主婦に対してといっても良いが)社会的評価が変化して
しまうかもしれないという恐れを、無意識的であれ意識的であれ感じてしまった
のです。
その結果アホツがたねりさんと対抗しているような姿勢を見せていた為に、
アホツの議論の態度を無視してまで、アホツを擁護する発言に繋ったのだろうと
いうことです。

又RICEさんが「アホツに批判された悔しさ」とか、「たねりさんと組して」という
のは、MOMOさんの無理な評価です。
RICEさんはたねりさんに組みしなくても、RICEさんがアホツを叩き潰す
程の能力を備えている事ぐらい、アホツとRICEさんの文章を読んでいる者なら
分かる事です。
第一RICEさんは売買春擁護どころか、売春の是非という事すら述べていません。
アホツが論旨を曲解し、RICEさんやたねりさんが主張をしていたかのように、
わざと言っているだけに過ぎません。
MOMOさんは、アホツの文章だけを読んで、判断をしてしまったのですか?

保守的になり衰退を待つのか、革新的で発展を目指すのかは人それぞれですが、
社会的な見地から捉えるにしても、どのような内容の物であろうと現在の結果は
過去に根ざしているのですから、現在を見つめるには過去に対する目が必要となり、
現在の事柄に対して是非を問う場合に於いても、現在を固定さしてしまうやり方では
将来に対して悪癖を持ち越すこととなり、結果的に迷信を伝承させる事にしか
繋らないのです。
その為には売春の件に付いても、現在まかり通っている性であるとか、主婦という
事柄に付いての見解を、再度広い視野から眺める必要性が生じて来るのです。

良いとか悪い、正しいとか誤りということに付いても固有のことなど無く、時代時代に
よって評価も異なって来るのですから、アホツのようにただ「悪い」などと叫び、
「何故悪いといえるか」という理由を示すことも出来ないようでは、アホツが
社会人として物事を見てるとはお世辞にも言えない事なのです。
ですからMOMOさんがどういう理由であろうと、アホツを擁護するような発言を
するならば、MOMOさんも物事を広い視野から見ることができない人であると
思われてしまうと言うことです。

                         完全変態 1993/02/07


#3062/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/ 8  17: 4  ( 76)
議論なのか、言葉遊びなのか>完全変態さん     MOMO
★内容
たねりさんの持ちだした「主婦=売春婦」の話しはわたしは最初は「またやってる」
と大して気にも留めていなかったのです。単に目立ちたがりやの言葉遊びと受け取っ
ていました。ですから、自分の生活基盤を危うくされるという危惧を持つほどのイン
パクトはありませんでしたが、たしかにあなたがおっしゃるような不快感はあったか
もしれません。

これを大論争にまで広げたのがAKITSUさんですが、議論の方法がNIFと違っ
ている(らしい)ので、AKITSUさんも戸惑っておられるのではないかと思いま
す。議論が噛み合わないのは、AKITSUさんが帰納的な方法で論議しようとなさ
っているのに対して、たねりさんは演繹的な方法を取っておられるからではないかと
思います。たねりさんの主張はわたしから見ると、こじつけのように思えるのですが、
これはもしかしたら、あなたのおっしゃるように無意識の領域で主婦=売春婦という
テーゼを拒否しているからなのかもしれません。

>MOMOさんから見れば、発展的また生産的な議論が少ないと思われても、
>人それぞれが望んでいるもの、あるいは目的としている事がなるのですから、
>必ずしも発展的では無いと言い切れないと思います。

それはそうなのですが、ここでの議論に満足したとおっしゃる方をあまり見かけない
ものですから、そう言ってしまいました。でも、相手を「くだらないやつだ」と罵倒
しあいながら延々と議論を続けておられるという事実から、もしかしたら当人同士は
非常に満足しているのかもしれないということも考えられますね。

議論が噛み合ってないのは、議論の方法がお互いに違うからであって、自分の方法に
相手が乗ってこないので罵りあいになっているんじゃないかと思います。方法論の違
いであって、どっちが高尚か、という問題ではないのじゃないか、と思います。もし
よろしければあなたのおっしゃる「議論レベルの高さ、低さ」という基準をお教えく
ださい。

好き嫌いの面から言えば、言葉の遊びをなさっているたねりさんよりも、(あなたの
言によれば目的がただ「勝つ」ことだけであったとしても)ストレートに庶民感覚に
訴えかけるAKITSUさんの方がわたしには理解しやすく、共感できることが多い
と思います。これはAKITSUさんの考えを全面的に受け入れているということで
はなく、場合によっては批判することもあることをご理解くださいね。

あなたがRICEさんの議論を高く評価しておられることは分かりますが、そのへん
もわたしとは好みが違うのかもしれません。RICEさんは「自分の倫理観を他人に
押しつけたりしたくない」から、ご自分の売春に対する意見はいっさい述べられず、
文法上の間違いや送りがなの間違いを執拗に指摘されるということに終始しておられ
ます。国語力があるRICEさんだけに、その指摘は間違いがないのですが、だから
いってRICEさんが全て正しいとは思えません。RICEさんはご自分の好きな
議論スタイルを他人に押しつけることのみに熱中されているようですが、わたしの知
りたいことはRICEさんの倫理観なのであって、RICEさんから見ればわたしが
ンボケしているように見えるのと同じくらいRICEさんはわたしから見ればピン
ボケしておられるのです。

ということで、AKITSUさんとRICEさんの評価に関しては、あなたとわたし
が違ったものを持っているということで、べつにいいのではありませんか。わたしは
あなたのお考えはそのままに尊重したいと思っています。

             === 了 ===

ここから先はあなたとわたしのお話しになりますが、わたしの保守性についてなど。

主婦であり、母親でもあるわたしは、おっしゃるように自分の生活に関しては現状に
満足して生きています。そういった意味では保守的な人間かもしれません。でも、お
言葉を返すようですが、保守的であれば必ず衰退するとは言いきれないのではありま
せんか。革新が必ず発展的であるとは、過去の例からも言いがたく思います。革新的
な意見を持っていても、自己を見つめなおすことができなければ堕落することでしょ
う。

保守するということは、それなりの努力を必要とするものなのです。また、無批判に
現状に甘んじるのではなく、定められたルールの中でよりよいものを求める不断の運
動というのはなされなければならないと思います。よいものであれば、新しいもので
も受け入れ、古くからの伝統であっても現状に添わないものは否定してゆくことが、
幸福の維持につながるものだと思います。わたしが保守、革新というのは、ここまで
を含めた意味で使っていますので、ご理解頂けたらと思います。

ここで問題になるのは、「よりよいものとは何か」ということであろうと思います。
ある人に取っては「肉体の売買が自由に行える社会」というものが理想なのかもしれ
ませんし、ある人に取っては「性を売ることは魂を売ることであって、物品と同じよ
うに扱うのは堕落である」ということなのだろうと思います。(たねりさんも「堕落
の自由」という言葉を使って、一部それと認めておられる節があります)

ここまで書いて時間がなくなりましたので、またいつか。
                                  MOMO




#3333/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/11   0:15  ( 97)
RE:3062 革新的と保守的>MOMO     完全変態
★内容

最初にMOMOさんの
 >よろしければあなたのおっしゃる「議論レベルの高さ、低さ」という基準をお教え
 >ください。
に付いて述べておきます。
高い低いというものは相対的なものですから、便宜的に定めない限り基準値という
ものはありません。
前回述べました議論レベルについては、NIFTY 及びPCVAN であるとか
アホツとRICEさんやたねりさんという関係に於いてという意味合いです。
ですからたねりさんやRICEさんと、アホツとの比較という事から述べさせて
頂きます。

たねりさんやRICEさんとアホツを比べた場合、アホツが不得手なもののひとつに
「論理的証明」があります。
私が前回に述べました
 社会的な見地から捉えるにしても、どのような内容の物であろうと現在の結果は
 過去に根ざしているのですから、現在を見つめるには過去に対する目が必要となり、
 現在の事柄に対して是非を問う場合に於いても、現在を固定さしてしまうやり方では
 将来に対して悪癖を持ち越すこととなり、結果的に迷信を伝承させる事にしか
 繋らないのです。
 その為には売春の件に付いても、現在まかり通っている性であるとか、主婦という
 事柄に付いての見解を、再度広い視野から眺める必要性が生じて来るのです。
は、単純に述べるなら「原因・経過・結果」と言い替える事が出来るものです。

結果は次なる事の「原因又は要因」に成り得ますし、その結果は更なる次の
原因又は要因として・・・という風に延々と続いていきます。
しかし流れは一律的ではなく、他の要因の介入や融合とか、分岐や分裂をしたりして、
最終的な結果というものが有ったとしても、一朝一夕に「こうだ!」と言い切れる
分けでないことがお分かりでしょう。
しかし「推論」は出来るわけです。
そして推論を成り立たせる為には「根拠」というものが必要となり、根拠を打ち立てる
事によって「仮定上の結果」の証明とすることが出来るのです。
これを簡単にいうと「論理的証明」という分けなのです。

今説明をしましたのは原因又は要因から結果を推測するものですが、それとは
別に結果から原因又は要因を推測する場合も有ります。
論理的証明について詳しく述べると、切りがありませんので辞めますが、アホツの
場合は一朝一夕に「こうだ!」とは述べるのですが、その根拠を示す事が
出来ないのです。
もっともアホツ自身にとっては、説明を行なっているつもりなのでしょうが、
他の要因を全て排除しているか、思い付くことが無いために、再質問をされても
答えることが出来ず、とぼけたりして逃げようと計るしかないのです。
ですからアホツの主張は論理的証明とは無縁であり、その場限りの思い付きを
述べているだけだということです。

RICEさんやたねりさんと、アホツの議論が噛み合わない(アホツのは議論と
呼べる代物ではありません)のは、アホツが議論を行なうことを意図的に
避けているからです。
アホツは論理的証明が出来ませんから、まともに向かい合うことを避けるために
ぐるぐると逃げ回るのですが、その為に以前自分で述べた事柄と反対の事を述べる
こととなってしまい、アホツの売春に付いての自分の見解など無いことを、自分で
証明してしまっている始末なのです。

 >言によれば目的がただ「勝つ」ことだけであったとしても)ストレートに庶民感覚
 >に訴えかけるAKITSUさんの方がわたしには理解しやすく、共感できることが
 >多いと思います。
MOMOさんの言われる「庶民感覚」が何であるにしろ、アホツの主張はストレート
というより単純あり、固定的であり、制限された世界認識(檻の中とも言えます)から
もたらされているだけです。
ですから世界は己を中心に動いているとしたい人、あるいは世界又は社会の影響を
己の世界には及ぼすことを好まない人なら、アホツの文章の言葉の並びによっては、
アホツの主張を誤解してしまう場合もあると思います。

 >あなたがRICEさんの議論を高く評価しておられることは分かりますが、
RICEさん引き合いに出しているのは、RICEさんに対して信奉しているとか、
主張が素晴しいとかいうことではありません。
たまたまアホツと対峙している形をとっている人ということで、アホツのレベルとの
比較上名前を用いているだけです。

それはそうとRICEさんが、MOMOさんをピンボケしているように見ている
ということですが、本質を見逃しているという意味だと思います。
私は全ての事情を知っているという分けではありませんが、MOMOさんがアホツを
応援する事の理由として上げられた事とも関係しているはずです。
つまりMOMOさんの現在の置かれている立場について、御自身の考え方が間違った
ものでは無いと「理由づけする」為に、物事を広い視野から眺めることを拒否して
しまってるということです。
例えば「主婦の位置付け」という事について、MOMOさんが考えている事柄を
重要視するあまりに、MOMOさんの考え方を崩してしまいそうな「主婦=売春婦」
という見方を打ち出しているたねりさんやRICEに対して反発を感じる事により、
見かけ上反対しているアホツに対して声援を送ってしまわれているということです。

保守的・革新的というのは精神性に関わることでして、保守的に陥れば物事を広い
視野から眺めようとするより、固定的な考え方の方が支配をしてしまうのです。
つまり保守的とは自己都合の考え方であり、物事の道理より自己の保身のためには
不道理であっても採択し、ゆくゆくは不道理の要因によって自己の世界の倒壊に
至るのが筋道なのです。

片や革新的は現状を絶対と見ることが無く、現状を別な視野から再考察を行ない、
時によっては現状の否定と再構築も行ない、常に疑問を抱き続けるということです。
つまり結果は固定的ではなく暫定的なものに過ぎないと捉え、模索する方向性も
一方向では無く多方面に及び、保守的の者のように未来を現状の上に打ち建てる
とは限らないということです。(過去の累積を破壊する場合も有りうる。)
これはあくまでも個人レベルの事でして、過去の例は関係ありません。
ですから革新的には未来は有るが、保守的では衰退するだけなのです。

                        完全変態 1993/02/11


#3473/9999 フリーボード    *** コメント ***
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/12   0:32  ( 72)
保守的・革新的、了解しました>完全変態さん    MOMO
★内容
わたしの言っていた保守的、革新的という意味と、あなたのおっしゃる意味では少し
違いがあったようなので、あなたの定義に基づいてこれから話しさせて頂きたいと思
います。

>保守的に陥れば物事を広い
>視野から眺めようとするより、固定的な考え方の方が支配をしてしまうのです。
>つまり保守的とは自己都合の考え方であり、物事の道理より自己の保身のためには
>不道理であっても採択し、ゆくゆくは不道理の要因によって自己の世界の倒壊に
>至るのが筋道なのです。

これなら、保守的な考えのものは批判されても仕方がないし、否定的に扱われてもや
むを得ないと思います。こういう前提のもとで、

>片や革新的は現状を絶対と見ることが無く、現状を別な視野から再考察を行ない、
>時によっては現状の否定と再構築も行ない、常に疑問を抱き続けるということです。

というならば、革新には未来があり保守は衰退する、というあなたの主張は正しいと
わたしも思います。常に現在に対する問いかけを持ち、より良いものを模索していく
姿勢を持つことは、大変なことですが、理想としてあるべき姿であると思います。

そういったことをふまえて売買春に対してもお話ししたいと思うのですが、あなたの
「現在を見つめるには過去に対する目が必要」というご意見は、たいへん納得のいく
ものであり、売買春に対する見解も、過去から遡って考え直さねばならないというこ
とは、よく解ります。売買春はたねりさんのお話しを聞くまでもなく、文献も残らな
い遥か昔からなされていたであろうことも推測できます。

そうした考察の上で、「あるものはあるのだ」と、売買春を肯定する論理がまかり通
るとしたら、これは過去の歴史にあぐらをかいた固定的なものの考え方で、自己都合
の最たるものではないでしょうか。「売買春はもしかしたら、不道理なものではない
だろうか」という一片の反省も洞察もなされない、保守的な考え方ではないかと思い
ます。過去においては身を売らされた女性の屈辱や悲しみ、現代においては性を物質
化してしまう女性の心の荒廃を思う想像力のまったく欠如した、性を買うことに何の
疑問も持たぬ男たち(男性の中でもごく一部だろうとは思いますが)のご都合主義の
論理ではないのでしょうか。

わたしが自分の立場にとらわれて本質をみのがしているというご意見でしたが、わた
しが主婦でなくとも同じことを言うだろうとは思って頂けませんか? 売春防止法の
成立は、女性だけでなされたものではなく、これを支持する男性の協力があったので
す。「あるものはある」と改革する意志のない堕落した男性ばかりではなかったとい
うことです。わたしが男であっても同じ意見を持ったと思います。

わたしはまだ、あなたご自身の売買春に対するご意見をはっきりとは伺っていないよ
うに思います。今までのあなたのMSGから、あなたは決して「あるものはある」と
いう理由では肯定されない方のように思うのですが、如何ですか?

また、革新とルールについてお伺いしたく思います。革新というのはルールを無視す
ることとは違うとわたしは思いますが、あなたはどのようにお考えでしょうか?
過去の累積を破壊する場合も有りうる、とおっしゃているのも、アナーキーなものと
は異なって、一定の規範の中で行われるものではないでしょうか。アウトローと革新
はまた別のものだと思うのですが、あなたも賛同してくださるのではないかと思って
います。

ルールは破るためにあるものだ、という考え方をしている人がここでは多いかと思い
ますが、権力によって押しつけられたルールであっても、変えていくには一定の手順
を踏むべきだと思います。今問題になっている校則などでもそうですが、単にルール
を破って楽しむという生き方は、反抗期の子供と同じ発想であって、何の解決にもな
らないのではないでしょうか。

突然ですがあなたはスポーツをなにかなさっているでしょうか。わたしは下手ですが
少々ゴルフをいたします。ルールは単純ですが、絶対的なものです。OBラインが決
められていて、「ここからでも打てるのに」と思ってもOBはアウトです。人が気づ
かないからと、スコアを一つ二つごまかそうと思えばごまかすこともできます。でも
そうやっていい成績で優勝したとして、その人は満足できるでしょうか。その人の心
は傷ついているのではないでしょうか。

人間社会の制度は所詮幻想のようなもの、スポーツのルールとさして変わるものでは
ないかもしれませんが、ルールを破ってよい思いをしたつもりでも、どこかでその人
の魂が傷ついているのではないかとわたしは思います。

なんだかとりとめがないMSGになりましたが、夜も更けましたのでこのままUPし
て休むことにします。また、いつか。
                                  MOMO



#3761/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/15   0:55  ( 80)
RE:3473 世の中というもの>MOMO    完全変態
★内容

 >また、革新とルールについてお伺いしたく思います。革新というのはルールを無視
 >することとは違うとわたしは思いますが、あなたはどのようにお考えでしょうか?
 >過去の累積を破壊する場合も有りうる、とおっしゃているのも、アナーキーなもの
 >とは異なって、一定の規範の中で行われるものではないでしょうか。アウトローと
 >革新はまた別のものだと思うのですが、あなたも賛同してくださるのではないかと
 >思っています。
世の中には法律などの意図的に決められたルールとか、長い暮らしの中で自然と
出来上ってしまった慣習的なルールがあります。
このような物はその時代によっては意味を得ていたとしても、次なる時代においても
存在の意味があるのかどうかということです。
その為法律の条文にしたって、社会的変化に添って解釈が異なってきたり、条文に
当てはめるケースが無くなってしまう場合も出て来てるはずです。

それを時代の移り変わりという事を念頭におかず、ただ己の利益のみに執着をして
しまうならば、現状とは相容れない過去の遺物(つまり過去のルール)を強敏に
押し付けようと計ることになるでしょう。
時代が移り変われば新しい価値感も生まれ、又逆に新しい価値感の為に社会が変革を
してしまう場合も有ります。
いずれにしましても「時代の狭間」においては人心が揺れ動き、新しい価値感とそれ
以前の価値感との間で葛藤が生じることとなります。
この葛藤は人それぞれですが、それまでの価値感を重視している人程強い葛藤を
感じるだろうとは思います。

私が「過去の累積を破壊する場合も有る」と言いましたのは、過去に於いて良かれと
思って為された来たことが、現状に於いて悪しき事柄の原因や要因として成りえて
いるのなら、過去をうやむやにして現状だけを見つめるのではなく、過去の行ないを
断罪すると共に現状を再構築しなければならないということです。
その為には「過去の見直し」が必要であり、売春防止法の事だって当時一部の
女性議員のはねっかえりが発端となり、結果的に売春防止法の制定という運びに
なっていても、売春ということに対して固定的な考え方をするのではなく、再度、
再々度売春というものについて考えてみる必要性があるということです。

 >そうした考察の上で、「あるものはあるのだ」と、売買春を肯定する論理がまかり
 >通るとしたら、これは過去の歴史にあぐらをかいた固定的なものの考え方で、自己
 >都合の最たるものではないでしょうか。「売買春はもしかしたら、不道理なもので
 >はないだろうか」という一片の反省も洞察もなされない、保守的な考え方ではない
 >かと思います。過去においては身を売らされた女性の屈辱や悲しみ、現代において
 >は性を物質化してしまう女性の心の荒廃を思う想像力のまったく欠如した、性を買
 >うことに何の疑問も持たぬ男たち(男性の中でもごく一部だろうとは思いますが)
 >のご都合主義の論理ではないのでしょうか。
MOMOさんは性に関わる「陰湿なイメージ」が強いようですが、性を道徳と絡め
て見てしまわれると、あなたのような考え方になるのかもしれません。

私の場合は性を道徳の道具として用いる気はありませんし、売春ということに
ついて考えてみる場合に於いても、性を売り物としている女性は心の荒廃の結果で
あると見ることもないのです。
現在の女性が仕事を選ぶ場合においては、過去のように限られた物しか無いという
状況ではなく、それまで男性だけだと思われていた職場にまで女性が進出をしている
状況に於いてまで、彼女たちがフーゾクに進出をするようになったのは、彼女たちの
性意識の変化の結果なのです。

一昔か二昔まえなら「商売女」という言葉がありましたように、その手の職業に付く
女性は限られており、不道徳の鏡?という陰口を叩かれていたとしても、現在に
於いては素人の裸が雑誌のグラビアを賑わしているように、道徳という事からは
切り放されているのです。
ですからMOMOさんから見れば不道理であり、心の荒廃の結果であるという風に
感じてしまうのは、MOMOさんがそれ以前の価値感に縛られてしまっている
からです。

過去の「身を売られた女性」ということですが、何故女性が身を売られることに
なったのですか?
この原因を無視し、売られた女性だけにスポットを当ててしまえば、当時の社会
情勢に関わる身売りの必然的要因というものを、見逃してしまうだけです。
「貞操観念」というものが強かった時代に於いて、操を奪われるのなら死んでも
守れと言われていたにも関わらず、死ぬ事無く春を売ることを女性が決心するには、
それ相応の覚悟があったのではないかとは思わないのでしょうか。

家族のため、親のため、夫や子供の為に女郎に売り飛ばされる事を受け入れた
のですよ。人間は生きるためには、第一に食べ物が必要なのです。
その為一家飢え死にから逃れるためには、何かを売って食物を得る必要が有ります。
周りを見渡して売るものが何もなければ、後は娘なり女房を売るしかありません。
又農村では種籾が必要ですし、弟の学問のために姉が女郎に身を売ったという
話もあるのです。

MOMOさんの場合ならこのような人達を前にしたとき、売春は不道理であり人間の
尊厳を犯すことでもあるから、生きるより死ぬ方を選びなさいと言い放つのですか?

                        完全変態 1993/02/14


#3814/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/15  15:54  ( 71)
それでは>完全変態さん              MOMO
★内容

>世の中には法律などの意図的に決められたルールとか、長い暮らしの中で自然と
>出来上ってしまった慣習的なルールがあります。
>このような物はその時代によっては意味を得ていたとしても、次なる時代においても
>存在の意味があるのかどうかということです。
>その為法律の条文にしたって、社会的変化に添って解釈が異なってきたり、条文に
>当てはめるケースが無くなってしまう場合も出て来てるはずです。

このお言葉に関してはわたしも同意いたします。また、

>時代が移り変われば新しい価値感も生まれ、又逆に新しい価値感の為に社会が変革を
>してしまう場合も有ります。
>いずれにしましても「時代の狭間」においては人心が揺れ動き、新しい価値感とそれ
>以前の価値感との間で葛藤が生じることとなります。
>この葛藤は人それぞれですが、それまでの価値感を重視している人程強い葛藤を
>感じるだろうとは思います。

これについても納得です。価値観は一人の人間の中でも一定でな
い、ということはわたし自身経験しております。そゆことを踏ま
えて、

>その為には「過去の見直し」が必要であり、売春防止法の事だって当時一部の
>女性議員のはねっかえりが発端となり、結果的に売春防止法の制定という運びに
>なっていても、売春ということに対して固定的な考え方をするのではなく、再度、
>再々度売春というものについて考えてみる必要性があるということです。

このお話しを論じてみたいと思います。性道徳は個人差の大きい
ものですから、多くの方のご意見を聞くのはわたしとしても非常
に参考になります。売春防止法を一部の女性議員のはねっかえり、
とおっしゃるあなたはこの法律についてずいぶん批判的な立場を
持っておられるのではないかと推察しています。それはどういう
根拠からなのでしょうか?

>私の場合は性を道徳の道具として用いる気はありませんし、売春ということに
>ついて考えてみる場合に於いても、性を売り物としている女性は心の荒廃の結果で
>あると見ることもないのです。

もう少し厳密に言いますと、性を道徳の道具として見るのではな
く、性を論じるのにモラルを道具にしているわけですが、、現代
の、個々に自由意志で行っているる売春女性の性意識に対して、
あなたは肯定的なお考えをお持ちかと思います。それは「あるも
のはある」という以上に積極的なお考えではないかと思うので、
たいへん興味深いところです。このことにつきましてももう少し
詳しくお考えを聞かせて頂けたらと思います。

ご指摘のようにわたしは性に関しては偏狭なモラルにがんじがら
めになっているのかもしれませんので、女性解放運動とともにお
こった性の解放にも乗り遅れました。今からでも遅くはないかも
しれませんので、わたしが納得できるようなお考えを聞かせて頂
けましたらわたしも自分を解放することができるかもしれないな
どと思っています。

>過去の「身を売られた女性」ということですが、何故女性が身を売られることに
>なったのですか?

それは、「貧困」だと思いますが、いかがでしょうか? 現代の
身を売る女性と最も大きく異なったところでしょうね。現代の貧
困は、食べていけない、生きていけないというレベルのものでは
なくて、例えば「遊ぶお金がない」「ブランドものを買うお金が
ない」といったレベルのものだと思います。わたしの批判してい
るのは、こうした現代の売春事情であって、過去に辛く苦しい思
いをしてきた「苦界に身を落とした女性」ではないのです。

>MOMOさんの場合ならこのような人達を前にしたとき、売春は不道理であり人間の
>尊厳を犯すことでもあるから、生きるより死ぬ方を選びなさいと言い放つのですか?

わたしはそれしか生きる道がない場合はやむを得ないと思ってい
ます。強姦のお話しをDさんとなさっているようですが、あなた
の立場はこうした「貞操か、死か」という局面で貞操を捨てる女
性は喜んでそうしているとお思いですか?
                         MOMO




#3968/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/17  18:40  ( 80)
RE:3814 道徳では有りません>MOMO   完全変態
★内容

 >もう少し厳密に言いますと、性を道徳の道具として見るのではな
 >く、性を論じるのにモラルを道具にしているわけですが、、現代
 >の、個々に自由意志で行っているる売春女性の性意識に対して、
 >あなたは肯定的なお考えをお持ちかと思います。それは「あるも
 >のはある」という以上に積極的なお考えではないかと思うので、
 >たいへん興味深いところです。このことにつきましてももう少し
 >詳しくお考えを聞かせて頂けたらと思います。
私は前回「性を道徳の道具として用いない」と言ってますし、性を語る場合に於いても
私はモラルと絡める気はないということです。
売春ということに尽きましても、肯定的とも否定的とも申し上げてはおりませんし、
売春防止法に関してはルールということから取り上げており、過去に於いては意味を
もっていたとしても、現在の社会に於いては意味を失っているかも分からないという
ことで、再考察をする必要性があると言ったまでの事です。

MOMOさんは私の論旨を誤解されている部分が多々有りますが、
 >今からでも遅くはないかも
 >しれませんので、わたしが納得できるようなお考えを聞かせて頂
 >けましたらわたしも自分を解放することができるかもしれないな
 >どと思っています。
ということは、無理ではないかと思います。
何故なら私の論旨は、MOMOさんに取っては受け入れがたいだろうと思いますし、
たねりさんが繰り広げた売春論に対する姿勢を見ましても、たねりさんの主張に
反発するあまりに本質を見逃し、アホツに声援を送られてもいたのですから、
MOMOさんの御都合に反することを納得される事もないだろうという事です。
しかしまあMOMOさんが納得をしないだろうと分かってはいても、MOMOさんの
論旨について言及する事ぐらいは出来るだろうと思います。

 >あなたの立場はこうした「貞操か、死か」という局面で貞操を捨てる女
 >性は喜んでそうしているとお思いですか?
この場合どうして「喜んで」という物が飛び出して来るのか理解に苦しみます。
私の述べたことは「必然性の有無」なのです。
ですから当の本人がこの世のしがらみを考慮に入れるか、それとも自己の心身を再優先
するかによって、本人がどちらを選択するかという相違が生じますし、現在のように
世間との関係というものが希薄になっている見地から見る場合と、当時の社会のように
女性というものが、ある種の「社会的期待」を担っている場合とでは、同じ女性と
いっても反応は異なるとは言えます。
又特権階級に属する者と、下層階級に属する者とでも異なりますし、個人個人に
置いても相違が有るでしょうね。

 >このお話しを論じてみたいと思います。性道徳は個人差の大きい
 >ものですから、多くの方のご意見を聞くのはわたしとしても非常
 >に参考になります。売春防止法を一部の女性議員のはねっかえり、
 >とおっしゃるあなたはこの法律についてずいぶん批判的な立場を
 >持っておられるのではないかと推察しています。それはどういう
 >根拠からなのでしょうか?
MOMOさんは米国の禁酒法時代を御存じだろうと思います。
酒と売春を比較するのは乱暴だと思われるかもしれませんが、私が取り上げました
理由は法律というもので規制することの「弊害」を示すためです。

酒であろうと売春であろうと、個人又は当事者同士が責任を持つのであれば
他人が干渉をする必要性はありません。
しかしいつの社会にも道徳風を吹かす御仁がいまして、その為に社会的なモラル云々
ということから、規制をすれば全て丸く納まるだろうと思ってしまうのです。
また自己の誇りや名誉欲に関わり、規制条項を作成することに熱心な方も
いると思います。
だがこのような考え方は、甘いというしか無いのです。

酒も売春も人間が生物として生きて行く事には直接関係なくとも、人生を楽しむと
いうことに付いては無関係ありません。
しかも酒や売春は近世の発見物ではなく、人類の進化発展の歴史と共に歩んで来た
もので有るともいえるでしょう。
このような物を規制しようと試みたところで、そうおいそれと願望を無くしてしまう
事が出来る分けでは有りません。
また禁止されればされるほど欲望がつのり、建前はどうであれ己だけでも謳歌したいと
思う人物が存在していても不思議ではないでしょう。

その為法を犯しても酒や売春を提供して、利益をむさぼろうという御仁の誕生という
筋書きが出来上ってしまいます。
しかし認知をされた商売では有りませんから、商品の高額化、商品の粗悪化を
もたらし、同時に泥棒・誘拐・殺人まで引き起こす要因を生み出してもしまうのです。
又法を犯す者を取り締まるために警察が駆り出されることとなって、税金の増大に
繋る場合もあるでしょうし、その他悲喜こもごもの話も生まれてしまうでしょう。

ですから売春防止法が現在の社会に悪しき要因や原因をもたらしているのなら、
売春というものについて固定的に考えることを放棄し、別の視野から見直しを
計る必要性があるということです。

                         完全変態 1993/02/16



#4032/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/18  13:16  ( 35)
それが、違うのですね>完全変態さん        MOMO
★内容

>何故なら私の論旨は、MOMOさんに取っては受け入れがたいだろうと思いますし、
>たねりさんが繰り広げた売春論に対する姿勢を見ましても、たねりさんの主張に
>反発するあまりに本質を見逃し、アホツに声援を送られてもいたのですから、
>MOMOさんの御都合に反することを納得される事もないだろうという事です。

じつは、わたしはあなたが思っていらっしゃるよりはヤワラカイ
人間なのです。なっとくさせてもらったら、変節も転向もコロっ
としてしまうのです。

あなたがモラルというものを介してではなく、別の切り口から売
買春というものを見ようとなさっている姿勢はわかりました。酒、
タバコ、その他さまざまな個人の趣味と同じように売買春を語ろ
うとなさっているわけですね。「他人に迷惑をかけない範囲にお
いて、許されるべきであろう」ということですね。

FREEで議論をしているとどうしても極端な議論になりやすく、
モラルも一般論では語れない、趣味も個人個人の勝手、品性や人
間の尊厳なども定義がさまざま、という結論になってしまいがち
で、統一見解などは逆立ちしたって得られない、ということにな
るのでしょうが、わたしはできるだけ多くの人と共感できたらい
いなぁ、と思っているのです。

でもって、この2ヶ月にわたる売春論争から、わたしにも頭から
売春は悪である、と決めつける気持ちがなくなり、売春のありか
たによってはそれを肯定してもいいかな? などと思いはじめま
した。プロの女性がプロ意識でもって男性にサービスするのは、
あるいは立派なことかもしれないと(笑)。

それでも現代売春事情(素人の女性が遊ぶ金欲しさに自分のセッ
クスを売りものにする)っていうのはまだ否定的な気持ちですし、
性産業などに自分の娘が興味を示したらいやだな、って気持ちは
まだまだぬぐい去れません。できたら、このあたりのわたしの意
識も変えて頂ければありがたいと思いますが。
                         MOMO




#4277/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/22  16: 1  ( 51)
RE:4032 分かりませんか>MOMO     完全変態
★内容

 >じつは、わたしはあなたが思っていらっしゃるよりはヤワラカイ
 >人間なのです。なっとくさせてもらったら、変節も転向もコロっ
 >としてしまうのです。
MOMOさんが何をもって「ヤワラカイ」と言われているか知りませんが、
納得とはさせるものではなくするものなのです。
ですから私とMOMOさんの意識が元々異なっていますので、MOMOさんが
受け入れる努力をしない限り無理ということです。

例えば、
 >「他人に迷惑をかけない範囲において、許されるべきであろう」
 >ということですね。
という言葉ひとつ取り上げても、MOMOさんにとっての前提条件を元にして
述べられていますが、どのような前提条件であるかは示されていません。
つまり「他人に迷惑かけない」とはなにか?とか、「許される」とはなにか?と
いうことです。
かといって文意で示されてもいませんし、これでは話をしていく過程においても、
益々MOMOさんが誤解をしてしまうことになるのです。

詳しく述べますなら、MOMOさんにとっては「固定的(または当然のこと)」と
思われている事でも、実際は一定条件下の約束事程度でしかなく、事物は
相対によって認識が適うという関係上、条件が異なっていれば同じ用語を用いて話しを
していても「指し示すことが異なって」しまうのです。
更にどのような条件下に目を据えるかは、その人の「視野」と関係があります。

ですからMOMOさんの視野が、自分を中心とした視野しか持ちえてない事が
これまでのやりとりから判明をしていますので、MOMOさんは売春なら売春に
ついて御自分の考えを詳しく述べてもらう必要性があります。
例えば今回のMOMOさんの文
 >それでも現代売春事情(素人の女性が遊ぶ金欲しさに自分のセッ
 >クスを売りものにする)っていうのはまだ否定的な気持ちですし、
 >性産業などに自分の娘が興味を示したらいやだな、って気持ちは
 >まだまだぬぐい去れません。できたら、このあたりのわたしの意
 >識も変えて頂ければありがたいと思いますが。
について言及するなら、下記の事にお答え頂けなくてはなりません。

・MOMOさんのセックスについての道徳感。
・MOMOさんが感じている女性と男性の相違部分と同一部分。
・MOMOさんが御自分の子供との関わりについて、
 どのような気持ちを抱いているか。

この事をできるだけ詳しく、出来るならMOMOさんが自己分析を行なった
結果も併せて述べて下さい。
MOMOさんが意識を変えようとしたいというのでしたら、MOMOさんは
これまで以上に意識的になる必要性があるのです。
それにはMOMOさんが秘めておきたいと思っている事を、日の目に当てることが
必要ですし、MOMOさんが自覚しなければ意識を変えるためのきっかけすら
得ることができないからです。

                           完全変態 1993/02/22




#4373/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/23  15: 9  ( 44)
言葉の意味など>完全変態さん           MOMO
★内容
日本人同士が日本語で話し合いをするときに、言葉の定義づけか
ら始めなければならないとは、なんと不自由なことでしょう。

>詳しく述べますなら、MOMOさんにとっては「固定的(または当然のこと)」と
>思われている事でも、実際は一定条件下の約束事程度でしかなく、事物は
>相対によって認識が適うという関係上、条件が異なっていれば同じ用語を用いて話し
を
>していても「指し示すことが異なって」しまうのです。
>更にどのような条件下に目を据えるかは、その人の「視野」と関係があります。

こういうご指摘はごもっともなのですが、なにを語り合うにして
も認識の異なるもの同士の場合、片っ端から言葉がすれ違うので
あれば、意志の疎通は困難ですね。言葉遊びをするというのなら、
これもまた一興かもしれませんが。わたしは特殊なことを話して
いるのではなく「他人に迷惑をかけなければば許される」という、
社会通念としてごく一般的な話しをしているのですが、それにも
こうしたコメントをつけられるとしたら、どんな言葉で説明して
もまたその言葉に対しての概念を説明せねばならず、無限ループ
になりますね。

>ですからMOMOさんの視野が、自分を中心とした視野しか持ちえてない事が
>これまでのやりとりから判明をしていますので、MOMOさんは売春なら売春に
>ついて御自分の考えを詳しく述べてもらう必要性があります。

ではあなたはどうなのでしょうか? あなたは他人を中心とした
視野を持ち得るのでしょうか? あるいは異なった認識を持った
他人の言葉を受け入れるだけの器量をお持ちでしょうか?

今までのやり取りから、あなたはご自分のお気持ちに添わない意
見に対しては、すべて「視野が異なる、言語の認識が違う」とい
うお言葉でずっと否定し続けられているように思います。

人間は感情が先立つもので、理屈はいくらでもあとから付け足せ
るのですから、まず議論する相手を感情的に受け入れられるのか
どうか、ということを確かめた上で話し合いをしないと、どこま
でも揚げ足を取ったり些細な言葉の行き違いに拘ったりすること
になりますね。そういう議論は不毛だと思います。「どこまでも
相手を受け入れるつもりはない」という結論が先に出ているので
すから。

そういうことで、あなたとのお話しはこの当たりで打ち切らせて
頂きたいと思います。長期間お相手ありがとうございました。

                         MOMO



#4532/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/26  17: 0  ( 99)
RE:4373 了解です>MOMO        完全変態
★内容

 >ではあなたはどうなのでしょうか? あなたは他人を中心とした
 >視野を持ち得るのでしょうか? あるいは異なった認識を持った
 >他人の言葉を受け入れるだけの器量をお持ちでしょうか?
人はそれぞれの世界観を持っておりまして、その人の認識力と大いに関わり
があります。
前回に述べましたように事物は相対によって認識が適うという関係上、世界観が
異なれば同じ事物を目にしても、見出すことに相違が出て来ます。
又己が認識する世界のどの位置に自分自身を置いているかによって、見出した事柄の
判断に影響を及ぼす事になります。

己を世界の中心に置くならば、価値感や善悪という判断を己だけの考えで行ない、
物事を決まりきった事のように主張してしてしまうものですが、同時に常識で
あるとか世間一般という言葉を付け足して、言葉の重み付けを計ろうとすることに
なるものです。
このような意味に於いてMOMOさんが、自分を中心とした視野しか持ちえて
いないと申し上げた分けです。

又今回、
 >わたしは特殊なことを話しているのではなく「他人に迷惑をかけなければば許され
 >る」という、社会通念としてごく一般的な話しをしているのですが、
を返されているのですから、前回私が述べました「相対によっての認識」というものを
今だに理解されてないということなのでしょう。
その為に「MOMOさんにとっては特殊ではない」ということが、即他の人々も特殊と
して感じることが無いはずだとしたいというお気持ちと共に、MOMOさんが認識
できている世界こそ唯一のもの(あるいは基準値)であるとしたいお気持ちが
現われてしまっています。

世の中には資本主義があれば共産主義も有り、社会主義もあるのではないですか。
宗教の世界ではキリスト教、仏教、回教等々幾多のものがあります。
また現在世界各地で起っている紛争は、民族主義との兼ね合いによって終息が
困難な様子すら見せているのではないでしょうか。
更に同じ思想信条を抱いていても、細かくいえば個人個人に相違があるのです
から、それぞれの人の立場によって価値感に伴う都合・不都合という事にも
相違が生じて来ます。
それにも関わらずMOMOさんが社会通念の一般的な話という事で片付けられ、
どのような主義・信条の社会(人間の集団)に焦点を定めているかということを
話されていないのですから、MOMOさんは己の足元すら見えておられないと
いうしかありません。

さて、「他人の言葉を受け入れる器量」とは何の事でしょうか。
私は他者が独自のモラルや価値感を、所持していることを認識しておりますし、
持ち続けることに付いて意義を唱えるものでもありません。
モラルや価値感を大事にしたい人は、同様な価値感やモラルを持つ人達とだけで、
集まり歓談をすれば良い事です。
しかし現在の世の中は似通ったモラルや価値感の人の集団だけで、全ての社会生活が
賄いきれる構造にはなっておりません。
その為に主義・信条が異なっている者同士でも、共通の利害の為には協調する
必要性が生じて来ます。

米国などはこのスタイルの典型的国家と見なす事が出来ますが、己が嫌いな思想や
趣味であっても他者を尊重するということが必要になります。
その為には「押し付け・迫害」という事をお互いに無くさなければなりません。
しかし現実的には米国に於いても、「利害をむさぼろう」という考え方の者に
よって完全には成り立って無いとは言えますが、「複合的社会の維持」の為には
考え方が異なっていても存在を認め合うのが基本方針とは言えるでしょう。

 >人間は感情が先立つもので、理屈はいくらでもあとから付け足せ
 >るのですから、まず議論する相手を感情的に受け入れられるのか
 >どうか、ということを確かめた上で話し合いをしないと、どこま
 >でも揚げ足を取ったり些細な言葉の行き違いに拘ったりすること
 >になりますね。そういう議論は不毛だと思います。「どこまでも
 >相手を受け入れるつもりはない」という結論が先に出ているので
 >すから。
感情が先に立つか理性が先に立つかは人それぞれですし、又その人が感じるところの
状況に於いても異なって来ることです。
議論というものは似通った主義信条の人達だけで行なう場合と、異なった主義信条の
人と行なう場合が有ります。
異なった主義信条の人との議論の場合には、異なった立場から意見を述べ合う事に
なるものですが、その人達の目的としている事柄が何であるかによって、穏やかに
話しが進んだり喧嘩調になる場合も生じて来ます。

主義信条を超えた共通の利害に関わる事ならば、お互いの主義信条を尊重しなけれ
ば話は一歩も前に進む事は無いとは言えます。
しかし主義信条に関わる事が直接の議題である場合には、受け入れるとか受け入れない
という次元を最初から超えているというべきです。
政治論議とか宗教論議などこのケースに当てはまる場合が多いので、泥沼に入り込む
のが通り相場とも言えます。
このような場合にはどちらの知識が多いか、現在・過去・未来に対しての考察が
進んでいるか、要素を客観的に眺めることが出来るか、視野の広さや深さのなどの
異なり、論理的証明の巧みさ、更に通信で行なう場合には文章能力の度合いによって
進展と決着を見ることになります。
但しこれらは議論が出来る人の話で、議論をする程の能力の無い人は、アホツの
ように泣き叫ぶとか、我侭を押し通そうと計るしか出来ないとは言えますが。

 >そういうことで、あなたとのお話しはこの当たりで打ち切らせて
 >頂きたいと思います。長期間お相手ありがとうございました。
私は当初から予想していた事で、アホツのように物事の本質を掴めない人は、
MOMOさんの言葉を借りれば
 >どこまでも相手を受け入れるつもりはないという結論が先に出ているのですから。
というように、我侭のごり押しと「論理的証明」を混同しているために、
自分の意にならない事を相手の責任に転化してしまうのは当然というべきです。

そのためにMOMOさんの「意識を変えたい」という件も、私が何を言おうと
最初から受け入れる気など全然無く、私をからかおうと思っての苦肉の策で
あったのでしょうね。

                        完全変態 1993/02/26


#4593/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 2/27  16:28  ( 27)
#4352の完全変態さんの主張は正しい!!   MOMO
★内容
正しいと思う部分を抜き書きしてみます。

>人はそれぞれの世界観を持っておりまして、その人の認識力と大いに関わり
>があります。
>前回に述べましたように事物は相対によって認識が適うという関係上、世界観が
>異なれば同じ事物を目にしても、見出すことに相違が出て来ます。
>又己が認識する世界のどの位置に自分自身を置いているかによって、見出した事柄の
>判断に影響を及ぼす事になります。

>同じ思想信条を抱いていても、細かくいえば個人個人に相違があるのです
>から、それぞれの人の立場によって価値感に伴う都合・不都合という事にも
>相違が生じて来ます。

>しかし現在の世の中は似通ったモラルや価値感の人の集団だけで、全ての社会生活が
>賄いきれる構造にはなっておりません。
>その為に主義・信条が異なっている者同士でも、共通の利害の為には協調する
>必要性が生じて来ます。

>その為には「押し付け・迫害」という事をお互いに無くさなければなりません。

このご意見には、わたしも非常に共感いたします。FREEにお
ける論争の際にも是非とも念頭におくべきことでしょう。

特に、この言葉を吐かれた完全変態さんには、率先して実行して
いただきたいものです。

                         MOMO



#4727/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/ 1   1:44  ( 59)
RE:4593 おやおや>MOMO        完全変態
★内容

終了したいとMOMOさんが言われた割にはどうしたのでしょうね。

 >正しいと思う部分を抜き書きしてみます。

 ・>人はそれぞれの世界観を持っておりまして、その人の認識力と大いに関わり
 ・>があります。
 ・>前回に述べましたように事物は相対によって認識が適うという関係上、世界観が
 ・>異なれば同じ事物を目にしても、見出すことに相違が出て来ます。
 ・>又己が認識する世界のどの位置に自分自身を置いているかによって、見出した
 ・>事柄の判断に影響を及ぼす事になります。

 ・>同じ思想信条を抱いていても、細かくいえば個人個人に相違があるのです
 ・>から、それぞれの人の立場によって価値感に伴う都合・不都合という事にも
 ・>相違が生じて来ます。

 ・>しかし現在の世の中は似通ったモラルや価値感の人の集団だけで、全ての社会
 ・>生活が賄いきれる構造にはなっておりません。
 ・>その為に主義・信条が異なっている者同士でも、共通の利害の為には協調する
 ・>必要性が生じて来ます。

 ・>その為には「押し付け・迫害」という事をお互いに無くさなければなりません。

 >このご意見には、わたしも非常に共感いたします。FREEにお
 >ける論争の際にも是非とも念頭におくべきことでしょう。
 >特に、この言葉を吐かれた完全変態さんには、率先して実行して
 >いただきたいものです。
私は以前から実行してますよ。
但しMOMOさんが故意に省かれた部分も含む、前回の私の文章を踏まえてですが。
例えば以下の部分。
 ・私は他者が独自のモラルや価値感を、所持していることを認識しておりますし、
 ・持ち続けることに付いて意義を唱えるものでもありません。
 ・モラルや価値感を大事にしたい人は、同様な価値感やモラルを持つ人達とだけで、
 ・集まり歓談をすれば良い事です。

 ・議論というものは似通った主義信条の人達だけで行なう場合と、異なった主義信条
 ・の人と行なう場合が有ります。
 ・異なった主義信条の人との議論の場合には、異なった立場から意見を述べ合う事に
 ・なるものですが、その人達の目的としている事柄が何であるかによって、穏やかに
 ・話しが進んだり喧嘩調になる場合も生じて来ます。

 ・主義信条を超えた共通の利害に関わる事ならば、お互いの主義信条を尊重しなけれ
 ・ば話は一歩も前に進む事は無いとは言えます。
 ・しかし主義信条に関わる事が直接の議題である場合には、受け入れるとか受け入れ
 ・ないという次元を最初から超えているというべきです。

早い話「仲良しクラブ」なんてものがお好きな人は、同好の士だけで群れ集まって
いれば良いだろうという事です。
そして自己の思想・信条を固持したいと思うのであれば、他者の思想・信条に
いちゃもんを付ける事無く、貝のように口を閉ざしているべきだろうと。
更に他人の思想・信条に首を突っ込むなら、論理的証明が御粗末な者は従来から
保持していた御自身の思想や信条の矛盾点を指摘され、挫折感と悔しさを感じる
だけであるとも。
それでも議論をしたいと思う人は、思想・信条に関わらない話題を選択して、
万が一思想・信条に話が流れてしまう様子が見られれば、後も振り返らずして
一目散に逃げなさいということですなぁ。(^_^)

                         完全変態 1993/02/28


#4839/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 3/ 2  15:57  ( 61)
完全変態さんのここがわたしと違う!!       MOMO
★内容
4726で述べられた部分で、わたしと違うところを抜き書きし
てみます。

>モラルや価値感を大事にしたい人は、同様な価値感やモラルを持つ人達とだけで、
>集まり歓談をすれば良い事です。

>早い話「仲良しクラブ」なんてものがお好きな人は、同好の士だけで群れ集まって
>いれば良いだろうという事です。

つまり、排他的な集団を作り、その中でまとまっていればいい、
とお考えのようですが、それでは新しい考え方を取り込むことが
できず、発展する機会も少なくなることでしょうから、自分のモ
ラルや価値観を大事にするように見えて、その実逆のことになり
かねません。もちろん、それがいけないと言うわけではありませ
ん。そういった関係に心を救われている人も多くあるわけで、仲
良しクラブにも大きな意味があるとは思っています。ただ、発展
を求めているようなSIGでは「ただ一つの価値観」による停滞
は警戒していると思います。

>そして自己の思想・信条を固持したいと思うのであれば、他者の思想・信条に
>いちゃもんを付ける事無く、貝のように口を閉ざしているべきだろうと。

こうした殻に閉じ込もる自閉的な傾向を持つ人は、通信の世界だ
けでなく、実世界においても不適合になりやすいので、注意しな
ければなりませんね。「いちゃもん」という表現にちょっとひっ
かかりますが、他者の思想・信条に関わっていくことがコミニュ
ケーションであることもありうるわけです。わたしは最初に完全
変態さんからMSGを頂いたとき、それを「いちゃもん」とは受
けとめず、コミニュケーションを求められていると思ったので今
まで真面目にお返事していたのですが、何を言っても拒否的なお
答しか返らなかったので、だんだん失望してしまったわけです。

>更に他人の思想・信条に首を突っ込むなら、論理的証明が御粗末な者は従来から
>保持していた御自身の思想や信条の矛盾点を指摘され、挫折感と悔しさを感じる
>だけであるとも。

完全変態さんにとっては、人との関わりというものは、論理的証
明が全てであって、矛盾を指摘しあい、一方は勝ち誇り、一方は
挫折することでしかないのかとさえ思ってしまいます。ご自分の
「論理性が至上のものである」という価値観をわたしに押しつけ
られているという矛盾にお気づきにならないのでしょうか。わた
しは人との関わりは(たとえ異なった価値観のぶつかり合う場合
であっても)相手を理解しようとする姿勢が大切であると思って
います。

ですから、先のわたしのMSGでは、完全変態さんに同意できる
部分だけを抜き書きにしたのです。故意に省いた、という言い方
は、わたしに悪意があってそうしたように受け取っておられるよ
うで、完全変態さんの人間関係の捉えかたに寂しいものを感じて
しまいました。

わたしはボードで意見の食い違いがあったとしても、相手に悪意
は持ちません。ボード仲間との口喧嘩も、仲間ならこそできるこ
とと思っています。たねりさんの主張がわたしと相いれないもの
であっても、憎んだり人格を否定したりするなんてことは考えら
れません。

ですからたねりさんとAKITSUさんの「仁義なき闘い」は、
わたしには理解の域を越えていて、言葉もありません。おふたり
ともどうかなさっているのでは、と思います。
                         MOMO



#5138/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/ 7   1:36  ( 93)
RE:4839 話がずれている>MOMO     完全変態
★内容

MOMOさんはいったい何について、話をしていると思っていられるのですか?
 >完全変態さんの人間関係の捉えかたに寂しいものを感じて
 >しまいました。

 >わたしはボードで意見の食い違いがあったとしても、相手に悪意
 >は持ちません。
とされてますが、MOMOさんはわざと趣旨を変えておられるようですね。
私は以前に人それぞれには異なった価値感やモラルが有り、持ち続けることに意義を
唱えてないと言ったのですが、MOMOさんの記憶には残らなかったと言いたい
のでしょうか。
私は議論というものはどのような物とか、議論に対する私の姿勢を表明しただけで、
即全ての人間関係に当てはめているとは言ってませんが、どこから思い付かれた
ことなのでしょう。

 ・>モラルや価値感を大事にしたい人は、同様な価値感やモラルを持つ人達とだけ
 ・>で、集まり歓談をすれば良い事です。

 ・>早い話「仲良しクラブ」なんてものがお好きな人は、同好の士だけで群れ集
 ・>まっていれば良いだろうという事です。

 >つまり、排他的な集団を作り、その中でまとまっていればいい、
 >とお考えのようですが、それでは新しい考え方を取り込むことが
 >できず、発展する機会も少なくなることでしょうから、自分のモ
 >ラルや価値観を大事にするように見えて、その実逆のことになり
 >かねません。もちろん、それがいけないと言うわけではありませ
と言われてますが、これは私自身の事ではありません。
私以外の人、例えばMOMOさんのように己の考え方に執着する人のことを、
指し示しているということです。
そして以下の私の主張も、MOMOさんに当てはまる事です。

 ・>そして自己の思想・信条を固持したいと思うのであれば、他者の思想・信条に
 ・>いちゃもんを付ける事無く、貝のように口を閉ざしているべきだろうと。

 >こうした殻に閉じ込もる自閉的な傾向を持つ人は、通信の世界だ
 >けでなく、実世界においても不適合になりやすいので、注意しな
などとMOMOさんは主張されてますが、他人事のように言われている所から
推察をしますと、御自身では自覚したくないというお気持ちがあるのでしょう。
しかし「本音」が少し出てますね。

それは以下のものです。
 >わたしは最初に完全
 >変態さんからMSGを頂いたとき、それを「いちゃもん」とは受
 >けとめず、コミニュケーションを求められていると思ったので今
 >まで真面目にお返事していたのですが、何を言っても拒否的なお
 >答しか返らなかったので、だんだん失望してしまったわけです。
私が最初MOMOさんに話し掛けた時に述べました「アホツ絡み」という理由を、
忘れられてしまったのでしょうか。
MOMOさんにとっては真面目な返答をしたという事なんでしょうが、それとは
別にMOMOさんが失望した理由はもっと別な理由ではないですか。

人間が異なるのですから意見も異なるのは当然のことで、MOMOさんが私を
やりこめようとした事が、ことごとく私に論旨の矛盾点を指摘されたことに尽きると
いうのが本当の理由だということです。
その為にMOMOさんは、御自分が主張された事を忘れてしまったかのような態度を
取られたのですから、MOMOさんの返答が真面目でなかったと言えること
なのですよ。
話を終了すると言われた事も忘れたかのように、今だに話し掛けられている事が
一つの証拠となるはずですが。

そして辞めることを良しとされなかった理由は私が述べました
 ・>更に他人の思想・信条に首を突っ込むなら、論理的証明が御粗末な者は従来から
 ・>保持していた御自身の思想や信条の矛盾点を指摘され、挫折感と悔しさを感じる
 ・>だけであるとも。
にあるということです。
その為に議論上という趣旨を替えてしまって
 >完全変態さんにとっては、人との関わりというものは、論理的証
 >明が全てであって、矛盾を指摘しあい、一方は勝ち誇り、一方は
 >挫折することでしかないのかとさえ思ってしまいます。ご自分の
などと述べることにより、MOMOさんの御都合を私に押し付けようとされている
のでしょうね。

 >ですから、先のわたしのMSGでは、完全変態さんに同意できる
 >部分だけを抜き書きにしたのです。故意に省いた、という言い方
 >は、わたしに悪意があってそうしたように受け取っておられるよ
 >うで、完全変態さんの人間関係の捉えかたに寂しいものを感じて
 >しまいました。
MOMOさんは文章の性格ということを、良くお分かりにはなっていないのですか?
アホツのような箇条書きに近い文章なら、単純に切り取ってみても意味合いの変化は
まず無いと言えますが、私の場合は流れに添って話をする事が多いので、引用の為に
文章の一部を切り取る場合、前後の関係を無視しての切り取りを行なった時には別の
意味に変化をしてしまう場合があるのです。
つまり表面的な用語の並びではなく、一つの文章として意味合いを表現していると
いうことです。

それを切り取った部分を繋ぎ合わせるようなやり方では、MOMOさんもアホツと
同様に意図的に意味合いを変化させようという幼稚なやり方を、行なっていると
いうしかありません。
それを悪意ではないなどと言って誤魔化すことが出来ると思われているようでは、
私の能力をMOMOさんは見くびっているということなのでしょう。

                           完全変態 1993/03/06


#5181/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 3/ 7  15:28  ( 66)
たねり/AKITSU論争>完全変態さん     MOMO
★内容
あなたとお話するにあたってAKITSUさん絡みでは、あな
たはわたしの言い分をまともに受けとめられないだろうという
思惑から、わたしは敢えて自分のパソ通のあり方について言及
しようとしたのでした。でもあなたが「AKITSU憎し」の
お気持ちにとらわれて、コミニュケーションが難しくなってお
られるご様子でしたので、打ち切ろうとしたわけです。

しかし、更にあなたが誤解を重ねておられるようなので、わた
しとしてもたいへん不本意なことですから、気が重いままにふ
たたびRESを差し上げているのです。

はっきり言ってあなたのわたしに対する「決めつけ」には閉口
しています。なぜわたしという人間に「仲良しクラブが好き」
とか「保守的」であるというイメージを押しつけようとなさる
のでしょう。たいへん迷惑であり、不愉快です。あなたはわた
しがAKITSUさんに対して好意的であることで、わたしと
いう人間を否定的なものとなさりたいわけなのでしょうね。

>私は議論というものはどのような物とか、議論に対する私の姿勢を表明しただけで、
>即全ての人間関係に当てはめているとは言ってませんが、どこから思い付かれた
>ことなのでしょう。

今までのあなたのわたしに対するMSGから受けた印象からで
す。「AKITSUに味方する奴は自分の敵だ」という思い込
みから、さまざまな見当外れのことをわたしに言ってこられた、
そのことを指して「寂しい人間関係だ」と申し上げたのです。

わたしが己の考えに執着する人間であるなどとは、あなたの思
い込み以外のなにものでもなく、わたしからみればあなたの方
がよくよく動脈硬化でガチガチ頭をなさっているように思えま
す。

>私が最初MOMOさんに話し掛けた時に述べました「アホツ絡み」という理由を、
>忘れられてしまったのでしょうか。
>MOMOさんにとっては真面目な返答をしたという事なんでしょうが、それとは
>別にMOMOさんが失望した理由はもっと別な理由ではないですか。

忘れたわけではなく、あなたとの正常なコミニュケーションを
図ってこの問題(あなたがきっと依怙地になるだろうという問
題)から外れようとしたわけです。しかしあなたの意識は常に
ここに収束していたために、素直にわたしの言葉を聞いてもら
うことができず、その点に失望したのです。それを、

>人間が異なるのですから意見も異なるのは当然のことで、MOMOさんが私を
>やりこめようとした事が、ことごとく私に論旨の矛盾点を指摘されたことに尽きると
>いうのが本当の理由だということです。

このような捉えかたしかできないということは、「寂しい」以
外のどんな言葉で表現できるでしょうか。

わたしは議論に最も大切なことが理屈であるとは少しも思って
いません。あなたが「理論至上主義」であるのとずいぶん立場
は違います。たねりさんとAKITSUさんの議論を見ていて
も、それぞれに「自分の論理」というものを持って闘っておら

よいと思っています。法律を重んじる裁判の判決さえ、絶対的
なものではなく、賛否両論あるわけなのですから。

ちなみに、わたしがFREEの議論として面白く感じるのは、
考えの柔軟さ(これはたねりさんに1票)芸の面白さ(これは
AKITSUさんに1票)そうして御両人のガッツには同じく
らい敬意を表しています。

あなたは「さまざまな価値観の存在を認める」のですか、それ
とも「認めない」のですか?
                        MOMO



#5378/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/ 9  23:28  (100)
RE:5181 良い子振りがお好きですね>MOMO 完全変態
★内容

 >でもあなたが「AKITSU憎し」の
 >お気持ちにとらわれて、コミニュケーションが難しくなってお
 >られるご様子でしたので、打ち切ろうとしたわけです。
おや、そうなんですか。
私はアホツを憎いと思った事など無いどころか、アホツをからかうのを楽しみの
一つにしていたのですが、MOMOさんの目から見るとそのようにお感じに
なられると言うことですか。

私はてっきりMOMOさんが言われた「意識を替えたい」とか、「納得をさせて
くれるなら・・」などという事は本心だと思っていたのですがね。
その為に私は納得とはさせてもらうものではなく、第一にMOMOさん自身が納得を
しようと思う気持ちを抱くことが大切だと教えてあげた分けです。
そして同時にMOMOさんへの質問事項と併せて、
 ・この事をできるだけ詳しく、出来るならMOMOさんが自己分析を行なった
 ・結果も併せて述べて下さい。
 ・MOMOさんが意識を変えようとしたいというのでしたら、MOMOさんは
 ・これまで以上に意識的になる必要性があるのです。
 ・それにはMOMOさんが秘めておきたいと思っている事を、日の目に当てることが
 ・必要ですし、MOMOさんが自覚しなければ意識を変えるためのきっかけすら
 ・得ることができないからです。
と返したのですが、MOMOさんのお返事にはこの事には一切触れられずに、終了
したいという事であったのではないですか。

 >今までのあなたのわたしに対するMSGから受けた印象からで
 >す。「AKITSUに味方する奴は自分の敵だ」という思い込
 >みから、さまざまな見当外れのことをわたしに言ってこられた、
 >そのことを指して「寂しい人間関係だ」と申し上げたのです。
という事ですが、私がMOMOさんに対する態度が変化した時期を、故意に替えようと
されているだけではないですか。
私はたねり氏とは異なり、アホツに味方をするような発言をする人に対して、
私の敵でも有るとなど発言をしたことは一度もありません。
又敵であるというような趣旨の文章を、どなたかに対して述べたこともないのです。
例外はアホツと当初から協調をしていたもっこすだけです。
MOMOさんはいったい何を見ていたと言いたいのですか。

個人が異なれば考え方も異なっても当然のところ、MOMOさんが認識している
世界観に私が添っていなくとも不自然では無いにも関わらず、MOMOさんが自己の
世界観を重要視するあまりに、MOMOさんに取って不都合な論理は最初から拒否する
という気持ちが有っただけではないですか。
私が見当外れの事を述べているのなら指摘をすれば良い事ですし、MOMOさんの
方が理論的に素晴しいというのでしたら、私の論旨を打ち崩せば良かっただけです。
私は話題に添って話しをしていただけですし、それでも尚且つMOMOさんが私の
発言が見当外れとしたいという事でしたら、MOMOさんが期待をしていた答えを
私が導き出さなかったと言うのが本当の理由と言うことではないですか。

 >わたしが己の考えに執着する人間であるなどとは、あなたの思
 >い込み以外のなにものでもなく、わたしからみればあなたの方
 >がよくよく動脈硬化でガチガチ頭をなさっているように思えま
 >す。
先程にも述べましたが、MOMOさんが意識を替えたいと述べられたにも関わらず、
変節のように見れる行動を取られた理由を何と答えられるのでしょう。
それ以前に於いてもMOMOさん自身の事に触れようとすると、とたんに踵を
返して来られたことは、他の方のやり取り中にも有った事ではないですか?
MOMOさんが御自身の考えに執着をしないのなら、MOMOさん自身が思われて
いる事を披露すると共に、相手がMOMOさんの考え方に言及することを受け入れて
しかるべきです。
それが出来ないのは、MOMOさんの考え方は箸にも棒にも掛からない事を、
御自身が一番良く御存じであり、いとも容易に打ち崩されてしまう事を恐れる
気持ちがおありだからです。

 ・>人間が異なるのですから意見も異なるのは当然のことで、MOMOさんが私を
 ・>やりこめようとした事が、ことごとく私に論旨の矛盾点を指摘されたことに尽き
 ・>るというのが本当の理由だということです。

 >このような捉えかたしかできないということは、「寂しい」以
 >外のどんな言葉で表現できるでしょうか。
それではどのように捉えれば良いと言うのですか。
売春防止法を禁酒法と絡ませ「法律で定めることの弊害」を私が説明したにも
関わらず、「嗜好として捉えておられると・・」などと間の抜けたことを返された
のですから、MOMOさんがわざと述べていたと見るしか無いのではありませんか。

 >わたしは議論に最も大切なことが理屈であるとは少しも思って
 >いません。あなたが「理論至上主義」であるのとずいぶん立場
 >は違います。
理屈があるから議論なのです。
理屈が無ければ議論ではなく議論もどきでしかありません。
それに私は理論至上主義者では無く、一つの理論も別な理論によって淘汰されえる
分けですから、理論に執着することも無いのです。
科学的仮説に於いても論理的裏付けが必要なように、万物を考察する為に論理的に
追求をする事は、実践を行なう前段階で必要欠かさざる事ですし、同時に実践の結果を
分析評価する段に於いても必要な事だと思っています。
ただ闇雲に行動をしても、盲が盲の手を引いて行動をするのと同じですし、立場の
異なるものが意見を突きつけてこそ、それまで見えなかったものが見えて来るとも
言える分けなのです。

 >あなたは「さまざまな価値観の存在を認める」のですか、それ
 >とも「認めない」のですか?
以前から認めると言っておりますし、持ち続けることに意義を唱えていないとも
言っております。
この意味合いをMOMOさんはどのように考えているか知りませんが、例えば
ホモの人がホモを好む者達だけで楽しんでいることにいちゃもんを付けることは
しないということです。
しかしホモの人がホモの気が無い人に対し、ホモを強要するというような行為を
受け入れることはしないということです。
更にホモ仲間だけの話ではなく、ホモ気の無い人に対してホモの優越さを説いて
回っている場合には、ホモの悪癖を述べる場合もあるだろうということです。

                             完全変態 1993/03/09





#5448/9999 フリーボード
★タイトル (QQE40628)  93/ 3/10  19:52  ( 50)
わたしが期待していたのは>完全変態さん      MOMO
★内容
さまざまの価値観を認められるとおっしゃるあなたと、正常なコ
ミニュケをとることだったわけです。何がわたしにとって正常な
コミニュケかといいますと、お互いの価値観を尊重した上で自分
の意見を自由に述べることであるわけです。

最初に頂いたMSGからは、あなたとそれができるかもしれない、
という印象を持ったのですが、あなたの他の人へのMSGなどを
見るにつけても、あなたは他人をご自分の物差しで決めつけて、
ご自分を正当化をすることに快感を覚えるタイプかも、という思
いがしてきて、失望を禁じ得なくなったのです。

>・この事をできるだけ詳しく、出来るならMOMOさんが自己分析を行なった
>・結果も併せて述べて下さい。
>・MOMOさんが意識を変えようとしたいというのでしたら、MOMOさんは
>・これまで以上に意識的になる必要性があるのです。
>・それにはMOMOさんが秘めておきたいと思っている事を、日の目に当てることが
>・必要ですし、MOMOさんが自覚しなければ意識を変えるためのきっかけすら
>・得ることができないからです。
>と返したのですが、MOMOさんのお返事にはこの事には一切触れられずに、終了
>したいという事であったのではないですか。

申し訳ないのですが、失望した相手にこのようなことで少ない時
間をさきたくないと思っています。ただ言いたかったのは、わた
しは納得すればいくらでも意識を変えることは可能であるという
ことでした。そうして、人を納得させるのは理屈じゃないという
ことも、なんとかあなたに分かって頂けたらと思ったのですが、
これもご理解頂けなかったのは、わたしの力不足であったのでし
ょうか。

あなたがFREEに来られる目的は、あなたは意識しておられな
いかもしれませんが、他人の視点や価値観をあなたの都合のよい
ように「こうだ」と決めつけ、ご自分の優位性を誇るためのもの
のように思います。わたしが「多様な価値観の存在を認めている」
という、基本的にはあなたと同じ意見を持っているにもかかわら
ず、わたしを(悪い意味の)保守的な人間だとおっしゃりたいの
も、視野の狭い、自分の殻に閉じ込もって他の意見に耳を貸さな
い人間だとおっしゃりたいのも、こうした意図があったからなの
でしょう。

>私はアホツを憎いと思った事など無いどころか、アホツをからかうのを楽しみの
>一つにしていたのですが、MOMOさんの目から見るとそのようにお感じに
>なられると言うことですか。

あなたとわたしでは目的が違いすぎますし、あなたの快楽のため
に自分自身を提供する気持ちもありません。他人から間違った認
識を持たれることは苦痛ですが、「そうじゃないんだけど」と言
えば理解してもらえるコミニュケではなさそうなので(というよ
り、曲解して相手に苦痛を与えることを喜びとなさっているよう
なので)、これを最後にしたいと思います。
                         MOMO



#5603/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/13   0:36  ( 86)
RE:5448 自己保身ですか 1.>MOMO   完全変態
★内容

再度の終了という事ですが、今後もMOMOさんは折につけ私に言及をして来る
だろうということは予想をしております。
それはさておいて今回のMOMOさんの言い分ですが、毎度のことながら御自分の
述べられた事まで「とぼける」という常套手段を見出すことが出来ます。

MOMOさんは前回
 >わたしは議論に最も大切なことが理屈であるとは少しも思って
 >いません。あなたが「理論至上主義」であるのとずいぶん立場
 >は違います。
と述べられ、それに対して私が
 ・理屈があるから議論なのです。
 ・理屈が無ければ議論ではなく議論もどきでしかありません。
と返した分けですが、話の趣向という事を無視して
 >あなたとわたしでは目的が違いすぎますし、あなたの快楽のため
 >に自分自身を提供する気持ちもありません。他人から間違った認
 >識を持たれることは苦痛ですが、「そうじゃないんだけど」と言
 >えば理解してもらえるコミニュケではなさそうなので(というよ
 >り、曲解して相手に苦痛を与えることを喜びとなさっているよう
 >なので)、これを最後にしたいと思います。
というように私に対して「決めつけ」を行なうと同時に、御自身の気持ちを
誤魔化そうとまでなさっておられるということです。

つまり通信を用いたコミニュケーションには色々な形態があり、挨拶であるとか
教えて下さい・教えますというような類、それに議論に於ける論旨のやり取り
というような幅の広さを無視してまで、物事を御自分の都合の良いように考えようと
されているということです。
それに私が既に行なった意見表明の無視まで行なって、話を曲解されてまでいる
のですから、私をなじるよりMOMOさん自身の姿勢を振り替えられた方が
話しが早いということですよ。

参考迄に私が述べたことを抜粋すれば、
 ・私は他者が独自のモラルや価値感を、所持していることを認識しておりますし、
 ・持ち続けることに付いて意義を唱えるものでもありません。
 ・モラルや価値感を大事にしたい人は、同様な価値感やモラルを持つ人達とだけで、
 ・集まり歓談をすれば良い事です。

 ・議論というものは似通った主義信条の人達だけで行なう場合と、異なった主義信条
 ・の人と行なう場合が有ります。
 ・異なった主義信条の人との議論の場合には、異なった立場から意見を述べ合う事に
 ・なるものですが、その人達の目的としている事柄が何であるかによって、穏やかに
 ・話しが進んだり喧嘩調になる場合も生じて来ます。

 ・主義信条を超えた共通の利害に関わる事ならば、お互いの主義信条を尊重しなけれ
 ・ば話は一歩も前に進む事は無いとは言えます。
 ・しかし主義信条に関わる事が直接の議題である場合には、受け入れるとか受け入れ
 ・ないという次元を最初から超えているというべきです

MOMOさんが
 >何がわたしにとって正常な
 >コミニュケかといいますと、お互いの価値観を尊重した上で自分
 >の意見を自由に述べることであるわけです。
と述べられていますが、これは私の場合の主義・信条に関わらない話をする場合に、
価値感自体に関与することは無いということと似たような事であると言えます。
つまり「価値感を尊重する」という意味合いと、「価値感に関与しない」という
意味合いは別であるということです。

私が述べました価値感の尊重ということに付いては、前回「ホモ」という例題に
おいて説明をしましたように、私自身が好まない嗜好や思想・信条を持ち続ける
事に対して意義を唱える事はしないということです。
更に私が好まない内容の事であっても、その人の価値感や思想・信条に添って意見を
表明するという行為そのものを、辞めさせようと計ることもしないということです。
しかしMOMOさんの「価値感を尊重した上で」というのは、私が述べている意味合い
とは大きく異なることです。
と言うよりMOMOさんは御自身の価値感の尊重を要請はしていても、他者の価値感を
尊重することはしないと言うことです。

その例を上げますならば、
 >あなたは他人をご自分の物差しで決めつけて、
 >ご自分を正当化をすることに快感を覚えるタイプかも、という思
 >いがしてきて、失望を禁じ得なくなったのです。
と言うことになりますが、これが私の価値感又は信条にに添った行為と思われて
いるのなら、MOMOさんが相手の価値感を尊重していると見れない発言と
なるのではありませんか?
これよりもっと具体的なものは、前回に現われています。
 >このような捉えかたしかできないということは、「寂しい」以
 >外のどんな言葉で表現できるでしょうか。
   (#5181)
いったい「寂しい」とは何でしょう。
MOMOさんが寂しいと感じたからといって、私がどのように思っているかは別の
話であるにも関わらず、MOMOさんの価値感に添って考えてみたとした所で、
私の価値感なんぞ鼻にも掛けてないと言えるのではありませんか?
(つづく)

                             完全変態 1993/03/12


#5604/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/13   0:39  ( 96)
RE:5448 自己保身ですか 2.>MOMO   完全変態
★内容

私の主張する意味合いの価値感の尊重なら、お互いに関与すべき部分としない部分を
明確に分けることは出来ますが、MOMOさんの場合は曖昧というより視野を一方向に
固定した場合のみ言えるという事です。
つまりMOMOさんの
 >お互いの価値観を尊重した上で自分の意見を自由に述べることであるわけです。
というのは言葉の上だけの話であって、MOMOさんが自由に述べることは構わないが
相手から自由に意見を述べられることは好まないという事ではないですか。
その為MOMOさんはこれまでも他者のことには言及をしても、いざ御自身の事に
話しが及ぶ場合になるととぼけるか踵を返すという態度を取り続けて来られたと
いう事なのでしょう。

MOMOさんのコミニュケーションとは名ばかりであり、MOMOさんが快感を
手に入れるために便宜的に主張をする事はあっても、実質的にはMOMOさんが
作り出した世界観をがっちり固めると同時に世界の中心に居座り、自己中心的な
物事の見方しかお出来にならないのですから、MOMOさんは御自身の足元も
見れないお人だと言っているのです。

その為にMOMOさんが主張をされた
 >あなたがFREEに来られる目的は、あなたは意識しておられな
 >いかもしれませんが、他人の視点や価値観をあなたの都合のよい
 >ように「こうだ」と決めつけ、ご自分の優位性を誇るためのもの
 >のように思います。わたしが「多様な価値観の存在を認めている」
 >という、基本的にはあなたと同じ意見を持っているにもかかわら
 >ず、わたしを(悪い意味の)保守的な人間だとおっしゃりたいの
 >も、視野の狭い、自分の殻に閉じ込もって他の意見に耳を貸さな
 >い人間だとおっしゃりたいのも、こうした意図があったからなの
 >でしょう。
というのも、MOMOさん自身に該当するだと言うことです。
つまりMOMOさんが感じられた事柄は、結局のところあなた自身の事柄を他者(
今回は私)に投影をして見てしまっているに過ぎないということです。
そしてこの事にも気付いてないということですよ。

MOMOさんにはアホツとよく似ている部分があります。
それは「決めつけ」というものです。
別にMOMOさんがアホツを見習っていると言う気は有りませんが、論理的に物事を
思考したり表明がお出来にならない人は、よく行なうものだということです。
見てくれはそんなに違いは無くても、私のような者から見れば違いは直ぐ分かる
のです。

MOMOさんは
 >あなたがFREEに来られる目的は、あなたは意識しておられな
 >いかもしれませんが、他人の視点や価値観をあなたの都合のよい
 >ように「こうだ」と決めつけ、ご自分の優位性を誇るためのもの
 >のように思います。わたしが「多様な価値観の存在を認めている」
と言われていますが、「何故そういえるか」というものがありません。
これが決めつけの特長です。
そして同時に思考の「出発点」が異なってもいるのです。
つまり最初事物を目にし、何等かの思考過程を経て結論と至るのが筋道の所、
決めつけは「最初に結論が来る」ということです。
その為には結論を満たすための何等かの理由を付ける必要性がありますが、その
理由が本来大本である「当初の事物」とも繋らなければなりません。
しかしそうおいそれと都合の良い当初の事物が見つかる分けもありませんから、
当初の事物が見つからなければ「歪曲・捏造」をしなければなりません。
この良い例が売春に関わったアホツの態度に見ることが出来ます。

アホツは道徳家として他者に意見をするという姿勢を表明したいが為に、
売春は悪いことであり無くさなければならないという態度を表明しました。
しかし当のたねりさんは売春は良いことだと言っていた分けでは有りません。
そこでたねりさんが性の商品化という事で売春を取り上げていたのを利用し、
売春婦と主婦との「共通事項」という事を無視し、売春婦と主婦の「相違事項」
を主張しつつ「主婦=売春婦」という考え方は暴論であるとしたわけです。
たねりさんはアホツに「売春は何故悪いと言えるのか?」と質問をしたにも
関わらず、アホツが答えようとはしなかったのはアホツには最初から何故売春は
悪いと言えるかという考えすら持ちえなかったので、答えることすら出来なかった
わけです。

つまりアホツに売春ということに付いての問題意識があった分けではなく、
PCVAN に於いても道徳家風というイメージを道具として、論客としてアホツの
名前を鳴り響かせたいと思いのもとに行なっただけだと言うことです。
アホツはこれ意外にもNIFTY での行動について誇らしげに他者の個人情報に
関わることを発言してますが、それではその証拠を見せてみろという段になって
しまう事は恐れる分けです。
何故なら結論が最初に有るために、結論を立証するための根拠を歪曲と捏造をによって
でっち上げている事がばれてしまう為に逃げる他はないからです。
もっともNIFTY では、こんないいかげんなやり方でも通用したという事
なのでしょうが。

アホツの場合売春などに付いての知識なりが乏しい部分は、相手の発言から言葉
だけを「借用」して相手に返す方法を用いており、一時アホツはオウム返しを
しているだけだと言われていたことを御存じですか?
MOMOさんの場合にも前回に有りましたね。
 >よいと思っています。法律を重んじる裁判の判決さえ、絶対的
 >なものではなく、賛否両論あるわけなのですから。
これは私がDさんに述べた事柄から、持って来たのではないですか。

決めつけは結論が固定的であるのは当然の事で、本来の事物から引き出して
来るものは結論は固定的ではないのです。
ですからMOMOさんが私の結論に不服が有るのでしたら、私の論旨に言及をすれば
良いことですし、言及する程の能力がお有りにならないからと私の趣旨を替えて
私をなじるというような醜い真似をなさらないで、MOMOさんが努力を重ねられる
のが筋道ということですよ。
(つづく)

                           完全変態 1993/03/12


#5605/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/13   0:43  ( 82)
RE:5448 自己保身ですか 3.>MOMO   完全変態
★内容

 >最初に頂いたMSGからは、あなたとそれができるかもしれない、
 >という印象を持ったのですが、あなたの他の人へのMSGなどを
 >見るにつけても、あなたは他人をご自分の物差しで決めつけて、
 >ご自分を正当化をすることに快感を覚えるタイプかも、という思
 >いがしてきて、失望を禁じ得なくなったのです。
私はMOMOさんの他の方に当てたメッセージも読んでおりましたし、他の方々の
MOMOさんに対する評価も読んでいたにも関わらず、穏やかな調子で話し続けて
いた理由を何と思っておられたのですか。

それに私は何かを正当化するような理由を掲げたこともありませんし、私自身の
個人的理由を述べたことがあるだけです。
私はきめつけてもいないからこそ色々な見方を表明しており、意見を述べる場合は
その為の理由をその時か後で述べてもいるのですが、ここがMOMOさんとは大きく
異なる点でもあると言えるでしょう。
つまりMOMOさんのような固定的な物差しなど、最初から持ちえている分けでは
無いということです。

 >申し訳ないのですが、失望した相手にこのようなことで少ない時
 >間をさきたくないと思っています。ただ言いたかったのは、わた
 >しは納得すればいくらでも意識を変えることは可能であるという
 >ことでした。そうして、人を納得させるのは理屈じゃないという
 >ことも、なんとかあなたに分かって頂けたらと思ったのですが、
 >これもご理解頂けなかったのは、わたしの力不足であったのでし
 >ょうか。
MOMOさんが失望したというのは、いつの時点の話だと言うのですか。
あなたはその時期すら明確には出来ないのでしょうか。

これより一つ前に於いて、MOMOさんは
 >じつは、わたしはあなたが思っていらっしゃるよりはヤワラカイ
 >人間なのです。なっとくさせてもらったら、変節も転向もコロっ
 >としてしまうのです。
  (#4032)
と言われているのですから、私の「#4277 93/ 2/22 RE:4032 分かりませんか」
に有ったと言いたいのですか?

しかしもう一方でMOMOさんは
 >あなたとお話するにあたってAKITSUさん絡みでは、あな
 >たはわたしの言い分をまともに受けとめられないだろうという
 >思惑から、わたしは敢えて自分のパソ通のあり方について言及
 >しようとしたのでした。でもあなたが「AKITSU憎し」の
 >お気持ちにとらわれて、コミニュケーションが難しくなってお
 >られるご様子でしたので、打ち切ろうとしたわけです。
   (#5181)
と最初から思っていたと匂わされているのですから、MOMOさんの述べておられる
ことは支離滅裂ではないですか。
それにアホツの事は最初の2、3のやりとりで終わり、MOMOさんが売春に付いての
事を私に尋ねたはずですが、MOMOさんのパソ通の在り方についての言及とは
何の事を述べられているというのでしょう。

それにMOMOさんは一番最初私に対して、
 >RICEさんなどには顕著にそれが現れています。彼はRICE
 >レポートをAKITSUさんに批判された悔しさを、たねりさん
 >に組みしてAKITSUさんを攻撃することで晴らしているよう
 >に見えます。RICEさんが売買春擁護派でもないのにも関わら
 >ず、です。江戸の仇を長崎で討つ、というのもFREEボードな
 >らではの出し物です。
   (#2659)
と述べられておりましたけれど、これはMOMOさんが私に対して述べた
「アホツ憎し・・」などと同じ言い分の趣旨ではないですか。
つまり事実関係はどうであろうと、物事をMOMOさんの都合の良いように替えて
しまう事によって、MOMOさんが「自己保身」を計ろうとしているだけだと
いうことです。

MOMOさんは発言をするものの、御自身が不都合な状態に置かれてしまった
場合には事実を歪曲してまで逃げ道を作り出し、御自身の言動の付けを他者に押し付け
ようとこれまでもなさって来たのでしょう。
更に己で出来ないことは他人をそそのかしても目的を果たそうと思い、アホツに対する
歓迎の文章や私に対するRICEさんの行動についても、MOMOさんの目的が
はっきりと現われてしまっているではないですか。
つまりMOMOさんは御自身の言動に対して責任を取るどころか、責任回避を行なって
も良い子ぶりたいという思いが有り、同時に相手を組み安しと思った時にはMOMO
さんの優位性を確認するために、行動を起すということでも有るのでしょう。

MOMOさんは一度はアホツが掲げた船に乗ったのですから、最後までアホツに
付き合ってみたらどうですか。
アホツはYUKIさんやMOMOさんからの呼び掛けを待っているはずですよ。
それともアホツは頼みにならないことが判明をしたから、声の一つも掛けることを
したくないと言われるのですかね。

                            完全変態 1993/03/12


#0002/9999 実録シリーズ
★タイトル (XXXXXXXX)  95/ 5/26 
Dさんとの強姦談義
★内容



本編は従来の記録で慣例的であった解説は作成していません。

なお最後尾文章はダウンログからの切り出しではありません。そのためSHOW
PCでの閲覧を前提として文章番号及び日付を付け足しています。


                     編集者:完全変態 
                     編集日:95/05/26



#2765/9999 フリーボード
★タイトル (WHB72601)  93/ 2/ 5   0: 2  ( 34)
強姦は                       D
★内容

  女性の側に問題があるとしたがる人が多いのが一般的ですね。

  例えば、泥棒に入られたときに、気の毒でしたねという人と
  あなたがちゃんと戸締まりしなかったから悪いんですよという人と
  どちらが多いかといえば、やはり前者です。
  強姦の場合は、挑発的な格好をしていたからとか、なんとかいって
  女性側に過度の責任を押しつけて、加害者を守るというのが
  当たり前のようになっています。

  黙示の承認という言葉があります。特にいいとは言わなかったけれど
  態度その他から判断してセックスの合意をしたと言うことです。
  黙示の合意があると錯誤すれば強姦にはなりません。
  ですから、裁判でも「被害者は合意していないが、強姦とは言えない」
  というわけの分からない話になってしまうのですね。
  本来なら、合意を得ずしてセックスをしたら強姦と言うべきなのでしょうが
  合意していなくても、男性が合意があると誤解していれば強姦には
  ならないのです。

  嫌よ嫌よはいいのうち、というのが生きています。
  嫌だといっても、いいのうちだと男性が錯誤すれば強姦にはなりません。
  強姦だと認められるには、2,3発殴られておく必要があります。
  殴られるのが怖くて言うことをきくと、合意したと相手が錯誤しても
  仕方ないとされるわけです。

  ちなみに、見ず知らずの男にくらい道で道端に引きづりこまれて
  というタイプの強姦は実にそんなに多くはありません。
  多いのは、顔見知りの男性に、送っていってやるとか、電車がないから
  泊めてやるとかいわれて、相手を信用した結果です。
  強姦されたくなかったら、男性一切を信頼するなということですかね。
  信頼した結果強姦されても、たいていは強姦罪にはなりません。
  合意はしていないが、相手が合意があったと錯誤するからです。

Deulk


#3034/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/ 8   0: 5  ( 38)
RE 2765 レイプか・・>D         完全変態
★内容

戸締まり・・は盗みをはたらく以前に住居不法侵入を犯していますし、その他の泥棒
でも盗むものは他人の持ち物ですから、「行為そのもの」であるレイプと比較を
するのは乱暴というしかありません。

ですから、
 >女性側に過度の責任を押しつけて、加害者を守るというのが
 >当たり前のようになっています。
は何も不自然な事では無くて、容疑者の人権を守るというという意味で
当り前であると言うべきでしょう。
(もっとも私は、過度の責任とは思いませんが)
性交という具体的な行為でも、女性の意志によってレイプになったり、合意と
いうことで犯罪として認められないのは、女性の意志というものを尊重した
結果であると思います。

Dさんに取っては泥棒のように、単純に犯罪として認められた方が良いという
気持ちがおありなのかも分かりませんが、それでしたら女性は何才になっても
自分の意志で物事が判断できない種別であって、男性より劣る存在であると
いう風に、法律的に認めてしまう事と同じになってしまいます。

嫌なら嫌ではっきりとした態度を取ればよいのですし、相手を信頼するもしないも
当の女性が選択を出来るのですから、「男性を一切信頼しない・・」という
方向性ではなく、鑑識眼を磨くしかないことです。
それは男性の誘いを女性が信頼し、結果的にレイプをされたとしても、それは
女性が男性の誘いを自分の都合の良いように解釈をした為に生じたのですから、
男性側をなじるより女性側に「女性としての甘えがあった」ということを、
感じ取ることこそ大切であるからです。

 >女性の側に問題があるとしたがる人が多いのが一般的ですね。
と感じてしまわれるのは、男女は法の下において平等であると唄われていても、
当の女性が従来からの考えを保持している人が多く、女性が経済的には自立を得て
いても、「精神的な自立」は達成されてない事から生み出される気持ちです。
レイプにそのものが無くなる事は無いでしょうが、レイプに遭遇する機会を
無くそうと思われるのでしたら、女性も男性と同じようにに甘えを捨て去ってしまう
しかないでしょう。

                         完全変態 1993/02/07


#3047/9999 フリーボード
★タイトル (WHB72601)  93/ 2/ 8   4:44  ( 99)
re:3034>強姦の要件                    
★内容

 他の犯罪と比較するのはそんなに乱暴なことですか?
 まあ、強姦は、合意があれば強姦ではないので(日本語がよたっているな)、
一概に他の犯罪と比較するようなことは確かに乱暴かもしれません。しかし、
それを考慮するにしても、強姦罪に限って被害者に過度の責任を押し付けて加
害者の人権を守るのが当然だとは言えないでしょう。
 もちろん、合意を得ないでセックスすることは、犯罪でもなんでもないとい
うのならば話は別です。しかし、合意を得ないセックスは、住居不法侵入や窃
盗とと同じく犯罪です(ここだいじ)。だとすれば、他の犯罪と比べてもけっ
しておかしくはありますまい。

>Dさんに取っては泥棒のように、単純に犯罪として認められた方が良いという
>気持ちがおありなのかも分かりませんが、それでしたら女性は何才になっても
>自分の意志で物事が判断できない種別であって、男性より劣る存在であると

 私は何も合意があるセックスも犯罪だと言っているわけではありません。だ
から自分が合意しなかったけれど強制されたセックスを強姦だと言って訴える
のです。
 強姦の定義を、合意を得ずして13才以上の婦女を姦淫したものとするなら
ば(ほんとは違います。相当な暴行強迫を受ける必要があります)、黙示の合
意があったと男性が錯誤した場合は、さしずめ過失強姦ということになるでしょ
う。これが女性の意思が尊重されるということです。
 しかし現実は違います。抵抗の度合いがたりなければ、どんなに嫌だと思っ
ていても強姦にはなりません。恐怖ですくんでいたため抵抗の度合いがたらず、
ために男性が黙示の合意があるのだと錯誤すれば、強姦罪は成立しないのです。

 重要なのは男性の判断であって、女性の意思ではありません。どうしてこれ
が女性の意思を尊重していることになりましょうや。

>嫌なら嫌ではっきりとした態度を取ればよいのですし、相手を信頼するもしないも

 これは一見ひじょうにわかりやすい言い方です。刑法のよってたつところも、
実はこれと同じです。
 ちと話がとびますが、強姦罪は重婚とか猥褻の罪と一緒の章にまとめられて
います。その次は賭博の罪の章、その次は墓をあばく罪の章です。これらは社
会的法益の中の道徳的秩序に対する罪の一群です。
 強姦罪の保護法益は、実は女性の意思でも身体でもなく、じつは性的秩序の
維持や健全な性風俗だということです。もっと分かりやすく言うと、「命を落
としてでも貞操を守ろうとする女性の貞操観念の保護」であって、女性の身体
の保護でもなんでもないわけです。
 嫌だとはっきり意思表示をしてあえて殴られてでも、あるいは殺されようと
も、自分の貞操を守ろうとしたなら、相手は強姦罪になる。けれど、殴られる
のが嫌で、殺されたくなくて中途で抵抗しなくなるような貞操観念は守ってや
る必要がない、だから相手は強姦罪にはならない。そゆことです。

 ま、現行憲法になって以来、以上のような極端な意見は少なくなりました。
しかし、底流としては全く変わっていないのです。女性が受ける暴行・強迫は
「女性の抵抗を著しく困難にする程度のもの(判例)」でなければ、強姦には
なりませんから、その程度の暴行を受けるまで抵抗し続けろというのは、あえ
て殴られよ、殺される危険も犯せというに等しいことを女性に要求しているに
等しいのです。

「財布を奪われたくなかったらなぜ抵抗しなかったのだ。そうすれば奪われな
かったかもしれないではないか。」

「抵抗していたら殺されていたかもしれない。私は死にたくなかった。」

「死ぬより財布を奪われるほうがましだと思ったのだな。ならば奪われるのを
許容したことになる。相手に罪はない。」

 強姦罪の論理を他の犯罪に持ち込むと、こういう馬鹿な話になります。乱暴
な比較にせよ、論理のおかしさが際立つことにはかわりはありません。


 もっとも、女性の意思だけで強姦かそうではないか決まってしまっては、男
性側には不都合でしょう。黙示の合意があったと思っていたのに、実は女性は
そうは思っていなくて、告訴されたら強姦罪になってしまった。強姦したつも
りなどなかったのに・・・・・・。ま、これはちと極端に過ぎますが。
 こうなってはたまらんという気持ちは実は理解できます。しかし、完全変態
さんが
>それは男性の誘いを女性が信頼し、結果的にレイプをされたとしても、それは
>女性が男性の誘いを自分の都合の良いように解釈をした為に生じたのですから、
>男性側をなじるより女性側に「女性としての甘えがあった」ということを、
>感じ取ることこそ大切であるからです。

 などと凄いことを言うので、ちと言わせて貰います。

それは女性の言動をを男性が誤解し、結果的に強姦犯人をされたとしても、そ
れは男性が女性の言動を自分の都合の良いように解釈をした為に生じたのです
から、女性側をなじるより男性側に「男性としての甘えがあった」ということ
を、感じ取ることこそ大切であるからです。

 自分の都合のいいように相手の言動を解釈した。そのことは同じでも、男性
は罪にもならず甘えを責められもせず、女性は甘えを責められ自分に落ち度が
あったから強姦されたのだと、被害者にも関わらず悪者にされる。

 ちっとばかり男性の側にたちすぎた意見じゃありませんか?

 女性にばっかり、相手を見る目を養えたぁ、ちょっとなにじゃあありません
か。見損なったら強姦されてもしかたない?冗談じゃない。

 ある日突然、相手が嫌がっているのが分からないような見る目のない男は強
姦罪になってもしかたないって言われたら、完全変態さんは当然納得するので
しょうね。
 ま、「男性としての甘え」は許されるけれど、「女性としての甘え」は許さ
れないっつーなら、それはそれ1つの意見ですから、別にかまいやしませんが、
付き合ってられないくちのそれではありますね。

Deulk


#3651/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/13  23:54  ( 81)
RE:3047 あのねえDさん(レイプの件)   完全変態
★内容

あなたが女性である為に、レイプに関して感情的に走るお気持ちは分かりますが、
この手の話をする場合には、もう少し感情を押さえられたらどうですか。
あなたは「加害者・被害者」という言葉を用いられていますが、裁判で白黒が
決まるまでは加害者ではなく「容疑者」と、呼び習わすのではないでしょうか?
また被害者というのもおこがましく、告訴をした者(本人が行なったのであれば)
とか、「片割れの女性」とでも言うべきではないですか。

Dさんが法律などを持ち出されて来てますので、下記に関係条項を書き出して
見ました。
第176条 強制わいせつ
 13歳以上の男女に対し暴行又は脅迫を以て猥藝の行為を為したる者は
 6月以上7年以下の懲役に処す 13歳に満たざる男女に対し猥藝の行為を
 為したる者亦同し。

第177条 強姦
 暴行又は脅迫を以て13歳以上の婦女を姦淫したる者は強姦の罪と為し2年以上の
 有期懲役に処す 13歳に満たざる婦女を姦淫したる者亦同し。

第178条 準強制わいせつ強姦
 人の心神喪失若くは抗拒不能に乗じ又は之をして心神を喪失せしめ若しくは
 抗拒不能ならしめて猥藝の行為を為し又は姦淫したる者は前2条の例に同じ。

第179条 未遂
 前2条の未遂罪は之を罰す。

第180条 親告罪
 1.前4条の罪は告訴を待って之を論す。
 2.二人以上現場に於いて共同して犯したる前4条の罪に付しては前項の例を用いず。

但し私は法律には詳しくありませんので、これらの条文は参考程度ということです。
しかしDさんの
 >恐怖ですくんでいたため抵抗の度合いがたらず、
 >ために男性が黙示の合意があるのだと錯誤すれば、強姦罪は成立しないのです。
という主張は乱暴な解釈だと言うことができると思います。
つまり男性が「錯誤」したという事ではなく、女性側に錯誤させるべき要因が
有った場合には・・と言い替えるべきではないでしょうか。
そして裁判の争点も、ここにあると言えると思います。

私が「女性の意志を尊重している」と言いましたのは、新憲法化に於いては女性の
位置付けを男性の従属から解き放し、女性自身が物事を「自分で考え自分で判断する」
事を容易ならしめているという意味です。
その為に強姦ということに関しても、泣き寝入りするか、世間の目を気にするかと
いうことに鑑み、事件として表面に出してしまうのか、それとも世間に知られる事を
恐れて隠す方を選ぶのかを、女性自身が選択できるということです。
最も相手が複数の場合には、状況によっては告訴という形を女性が選べませんが。

 >強姦罪の保護法益は、実は女性の意思でも身体でもなく、じつは性的秩序の
 >維持や健全な性風俗だということです。もっと分かりやすく言うと、「命を落
 >としてでも貞操を守ろうとする女性の貞操観念の保護」であって、女性の身体
 >の保護でもなんでもないわけです。
これは当然というべきでしょう。
いくら法律で明文化してあっても、その場における女性の身体の防護には、何の
役にも立つわけはありません。
強姦罪はあくまでも「事後」の事であって、性交という行為を社会的見地から
どのように評価するかというだけのものです。強制猥藝も同様ですが。

 >などと凄いことを言うので、ちと言わせて貰います。
 >
 >それは女性の言動をを男性が誤解し、結果的に強姦犯人をされたとしても、そ
 >れは男性が女性の言動を自分の都合の良いように解釈をした為に生じたのです
 >から、女性側をなじるより男性側に「男性としての甘えがあった」ということ
 >を、感じ取ることこそ大切であるからです。
 >
 >自分の都合のいいように相手の言動を解釈した。そのことは同じでも、男性
 >は罪にもならず甘えを責められもせず、女性は甘えを責められ自分に落ち度が
 >あったから強姦されたのだと、被害者にも関わらず悪者にされる。
 >
 >ちっとばかり男性の側にたちすぎた意見じゃありませんか?

そんなことはありません。平等という意味合いで述べただけです。
女性と性交をした男性が、女性から「強姦をされた」と告訴をされる可能性は
あるでしょうし、裁判に於いて有罪になる場合もあると思います。
その男性は女性の反応を見誤り、裁判に於いても有罪になったというだけの事です。
しかしこの場合、「男性の甘え」なんていうものがどうして出て来るのですか?
私の述べた「女性としての甘え」ということを、「男性の甘え」として対比させる
事が出来ると思われているようですが、Dさんの言われる男性の甘えとは一体
どのような事なのでしょう。

                         完全変態 1993/02/13



#3754/9999 フリーボード
★タイトル (WHB72601)  93/ 2/14  23:49  ( 89)
RE3651>感情的ときたかぁ              D
★内容

 あらら、そんなに感情的な話しかたでしたか?私には、完全変態さんの
意見のほうがよほど感情に走った意見であるように見えるのですよね。二
人の拠って立つところが全然違っているのだから当たり前ちゃぁ当たり前
ですが。

 加害者は、被告でも容疑者でもいいんでしょうが、被害者のほうはねぇ、
被害者と呼ぶしかないんじゃないでしょうか?民事だったら原告って言っ
てもいいでしょうが、刑事ですからね。新聞でも被害者と書いていると思
いましたが(もっとも強姦ではなくて婦女暴行と言われてますが)そうい
うのは全部感情的な記事だというわけでもありますまい。加害者、被害者
という言葉で、感情的というのは少し無理がありゃしませんか。ま、感情
的と評する所以はそれだけではないでしょうけれどね。
 実際、ある特定の事例をあげて話をしているわけではありませんし、強
姦している時点においては、当然訴えられてもいないのですから、やはり
加害者、被害者という呼びかたで構わないと思いますよ。
 しかし、片割れの女性というのはいただけませんね。完全変態さんは、
強姦をどうやら犯罪だとは思っておられないのではないかという気さえし
てきましたよ。そういった考え自体は、私は否定しませんが、ついていけ
ないことは事実ですね。古くは三浦朱門さん、VANでは悪魔と神さんあ
たりが、その口でしたか。強姦は、性行という形をとった暴力です。単な
る性行ではありません。強姦しているその時点においても、それは同じで
す。男性にしてみれば、相手が同意していようがしていまいが同じかもし
れませんが、女性にしてみれば、自分が同意しているかいないかというの
は、著しい違いです。ここでも、完全変態さんが、女性の側に全く配慮を
されていないということが分かりますね。平等が聞いてあきれますよ。

 一応判例では、暴行脅迫の程度は被害者の抵抗を著しく困難にする程度
のもの(記憶で書いてますので、細かい部分に違いがあるかもしれません)
ということになっていますから、

> >恐怖ですくんでいたため抵抗の度合いがたらず、
> >ために男性が黙示の合意があるのだと錯誤すれば、強姦罪は成立しないのです。
>という主張は乱暴な解釈だと言うことができると思います。

 別に乱暴な解釈ではありません。成立しなかった例があります。これも
記憶で書いているので細かい部分に違いがあるかと思いますが(すいませ
んね、出先からなもので)、被害者は同意しているとはいえないが、男性
が錯誤していたので強姦罪は成立しない、とした判例があります。

>つまり男性が「錯誤」したという事ではなく、女性側に錯誤させるべき要因が

 またそうやって女のせいにする。そういうところが甘えだというのです
よ。いやよいやよはいいのうちと押し切った結果、強姦罪におちいること
がそんなに恐ろしいのですか?黙示の合意を認めないといったって、せい
ぜい変わるのはその程度のことです。そして、そんなに怖いのだったら、
これ以上拒否したら殴られるかもしれない、下手をしたら殺されるかもし
れないという恐怖も感じて下さいませんか?

 以前に完全変態さんが言った「女の甘え」は、女性が男性の言動を自分
の都合のいいような解釈すること、に集約することができると思いますが、
逆に私は問いたいですね。なぜ、男性が女性の言動を自分に都合良く解釈
することは「男の甘え」にならないのか、と。

 完全変態さんの言っていることを、ちょっとまとめてみましょう。

 女性が男性の言動を錯誤した場合・・・錯誤した女が悪い。
 男性が女性の言動を錯誤した場合・・・錯誤されるべき要因があった女
                   が悪い。

 どっちも女が悪いんじゃやっていけませんよ、じっさい。平等というの
なら、こういう面でも平等になっていただかなくては困りますね。

 強姦罪の保護法益が建て前・本音ともに貞操の保護だなんて、明治憲法
下にまで戻ってしまわれるんですか?一応、現在では(建て前的ではあり
ますが)女性の性的自由ということになっているのですから・・・・。極
端な意見であると書いてあったでしょ。まぁ、戻るなら戻るで私がどうこ
う言うことではありませんが、やはりちょっとついていけませんね。強姦
罪の保護法益は女性の身体できないなんて言い切っちゃっているわけです
から。
 また、そう頭から信じこんでおられるのなら、私の言っていることが分
からなくても当然だと思いますよ。落ち度があったやつが強姦されるのは
当たり前だし、相手の男も罪にならないということにストレートに結びつ
いていますからね。
 ついでに、殺すといわれて抵抗をやめたのだから、そんな貞操は保護す
るに値しない、というところまで進んでみるのも一興ですね。強姦罪の保
護法益が、女性の身体でなく「命を落としてでも貞操を守ろうとする貞操
観念」だというなら、ここまで進めることも論理の上では可能です。強姦
されたあとに自殺しないといけないってふうにもなりますね、保護法益は
女性の身体じゃないのだから。まぁ、これは言えば言えるという話で、こ
んなことを、完全変態さんが言っているというわけではもちろんないので
(あたりまえ)、こんなところをとって感情に走っているなどとはいわな
いで下さい。論理の発展としてはこうすることもできるという程度の話で
す。

Deulk

PS.ま、強姦されたことを世間の目を気にして訴えられないということ
  自体、平等とは程遠い話ですね(嘆息)。



#3970/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/17  18:48  ( 98)
RE:3754 用語では有りません>D      完全変態
★内容

男女間の性交は当事者同士のものですから、第三者に取っては強姦であるか
和姦であるか分からないことです。
それをDさんが一方的に決めつける発言をされていましたので、強姦ということに
対して感情的しこりがあることを見出したということです。

それはそうとDさんには、相手の発言を御自身の都合の良いように理解してしまう
性分がお有りなのですか?
私は「強姦は犯罪ではない」と言っていません。強姦か和姦か分からない時点に
置いては加害者と被害者という関係は成り立たず、事件が表感化した時点において
呼び習わす言葉が容疑者とか被疑者だということです。
つまり加害者と目されている人物であっても、実際はどうであるかは分からない
のですから、相手の基本的人権を犯さないような配慮をされているのです。
Dさんが女性という立場であるから、どうしても加害者と呼んでみたいという
のでしょうがね。

 >恐怖ですくんでいたため抵抗の度合いがたらず、
 >ために男性が黙示の合意があるのだと錯誤すれば、強姦罪は成立しないのです。
 >>という主張は乱暴な解釈だと言うことができると思います。
 ☆>つまり男性が「錯誤」したという事ではなく、女性側に錯誤させるべき要因が
 ☆>有った場合には・・と言い替えるべきではないでしょうか。
 ☆>そして裁判の争点も、ここにあると言えると思います。
 >別に乱暴な解釈ではありません。成立しなかった例があります。これも
 >記憶で書いているので細かい部分に違いがあるかと思いますが(すいませ
 >んね、出先からなもので)、被害者は同意しているとはいえないが、男性
 >が錯誤していたので強姦罪は成立しない、とした判例があります。
引用は正しく行なって下さい。(☆の部分を分けたり、抜かしたりされてます。)

私の言い分をDさんが、認めているではありませんか。
そんな事より女性がはっきりと同意を示していないにも関わらず、成立をしなかった
事の重みを考えて見られたらどうですか。
法律の解釈は当時の社会的状況を反映しており、女性のはっきりしない態度を
裁判官が拒否の意志表示ではないと判断を下したのには、それなりの理由があるから
だというようには思わないのですか?
それに女性が実際に恐怖にすくんでいたのか、それとも男性に対して金をせびるなどの
下心を持ち合わせていたのかは分からない分けですから、女性側の考えをだけを
採用してしまうようでは、Dさんに公正な目があるとはお世辞にも言えません。

 >以前に完全変態さんが言った「女の甘え」は、女性が男性の言動を自分
 >の都合のいいような解釈すること、に集約することができると思いますが、
 >逆に私は問いたいですね。なぜ、男性が女性の言動を自分に都合良く解釈
 >することは「男の甘え」にならないのか、と。
Dさんの解釈はいいかげんですね。
都合だけの話なら「女」という言葉の付け足しをしません。
それに私が言ったのは「女の甘え」ではなく、「女としての甘え」です。
それを示してみます。

 ・男性側をなじるより女性側に「女性としての甘えがあった」ということを、
 ・感じ取ることこそ大切であるからです。
 ・
 ・ >女性の側に問題があるとしたがる人が多いのが一般的ですね。
 ・と感じてしまわれるのは、男女は法の下において平等であると唄われていても、
 ・当の女性が従来からの考えを保持している人が多く、女性が経済的には自立を得て
 ・いても、「精神的な自立」は達成されてない事から生み出される気持ちです。
 ・レイプにそのものが無くなる事は無いでしょうが、レイプに遭遇する機会を
 ・無くそうと思われるのでしたら、女性も男性と同じようにに甘えを捨て去ってしま
 ・うしかないでしょう。
   (#3034/3088 フリーボード
    ★タイトル (KCB72984)  93/ 2/ 8   0: 5  ( 38)
    RE 2765 レイプか・・>D         完全変態)

このことを簡単に言いますと「男性に頼る」という気持ちであり、自分で考え自分で
行動をし、行動の結果を自分で責任を取るということから逃げているということです。
だから私は、Dさんの主張する男の甘えと対比をできるのか?と、前回質問を
投げ掛けたのですが、あなたには理解できなかったのでしょう。

 >強姦罪の保護法益が建て前・本音ともに貞操の保護だなんて、明治憲法
 >下にまで戻ってしまわれるんですか?一応、現在では(建て前的ではあり
 >ますが)女性の性的自由ということになっているのですから・・・・。極
 >端な意見であると書いてあったでしょ。まぁ、戻るなら戻るで私がどうこ
 >う言うことではありませんが、やはりちょっとついていけませんね。強姦
 >罪の保護法益は女性の身体できないなんて言い切っちゃっているわけです
 >から。
 >また、そう頭から信じこんでおられるのなら、私の言っていることが分
 >からなくても当然だと思いますよ。落ち度があったやつが強姦されるのは
 >当たり前だし、相手の男も罪にならないということにストレートに結びつ
 >いていますからね。
Dさんは御自身が述べたことも覚えておられないのですか?

 ・ >強姦罪の保護法益は、実は女性の意思でも身体でもなく、じつは性的秩序の
 ・ >維持や健全な性風俗だということです。もっと分かりやすく言うと、「命を落
 ・ >としてでも貞操を守ろうとする女性の貞操観念の保護」であって、女性の身体
 ・ >の保護でもなんでもないわけです。
 ・これは当然というべきでしょう。
 ・いくら法律で明文化してあっても、その場における女性の身体の防護には、何の
 ・役にも立つわけはありません。
 ・強姦罪はあくまでも「事後」の事であって、性交という行為を社会的見地から
 ・どのように評価するかというだけのものです。強制猥藝も同様ですが。
性交という形態を社会的見地からどのように判断をするかということで、私と
あなたと一致をしているというふうに述べたのですが、Dさんは別の意味として
捉えてしまったという分けですか。
つまり私の述べたことは、Dさんが主張している「貞操観念」とは関係ありません。
強姦罪という法律は女性の心身とか、社会的に何かを保護しているのでもなく、
性交の一形態を裁くための理由付けのようなものであり、裁く場合には当時の社会に
おける性意識を反映させているというだけのことですよ。

                       完全変態 1993/02/16


#4113/9999 フリーボード
★タイトル (WHB72601)  93/ 2/19  18:27  ( 90)
RE3970>強姦                     D
★内容


>私は「強姦は犯罪ではない」と言っていません。強姦か和姦か分からない時点に
>置いては加害者と被害者という関係は成り立たず、事件が表感化した時点において
>呼び習わす言葉が容疑者とか被疑者だということです。

 強姦は犯罪ではないといっているが如き印象を受けるというのは、その
構成要件において、あまりに女性に厳しく男性に甘いと思われるからです
ね。つまり、

> 女性が男性の言動を錯誤した場合・・・錯誤した女が悪い。
> 男性が女性の言動を錯誤した場合・・・錯誤されるべき要因があった女
>                   が悪い。

 に代表されるように。(↑自体は、私のまとめです)

 完全変態さんにとっての強姦の定義を、教えていただきたく思います。
ついでに和姦の定義も。貞操の観念が保護法益であることが、当然である
という立場からの、それをね。今まで言っていたのは、実際の司法がそう
いう判断をしているというだけで、自分の考えを言ったものではないとい
うなら、それはそれでけっこうです。実際の司法がどういう判断をしてい
るかというのは、いまさら教えていただくとも、それなりに分かっている
つもりです(だから、それを批判しているのです)。

 私にとっては、和姦は双方に合意がある性交。強姦はどちらか一方の合
意のない性交、となりますが。もちろん、合意しないのが男性である可能
性もあるでしょう(つまり、女性の男性に対する強姦が成立しても構わな
いと思っているわけです。)。
 で、加害者といっているのは、被害者との対比において実に分かりやす
いからということもあるのです。実際に特定の事例をあげての話ならば、
容疑者なり被告なりという言葉を使いますよ。強姦罪というものを、問い
なおしたほうがいいのではないかという立場から書きこみをしているので
なるべく普遍的、包括的な言葉遣いになってしまうのですよね。感情ゆえ
ではないので、勘弁してください。

>そんな事より女性がはっきりと同意を示していないにも関わらず、成立をしなかった
>事の重みを考えて見られたらどうですか。
>法律の解釈は当時の社会的状況を反映しており、女性のはっきりしない態度を
>裁判官が拒否の意志表示ではないと判断を下したのには、それなりの理由があるから
>だというようには思わないのですか?

 結局のところ、これをおかしいと思うか思わないかの差になるでしょ
う。で、私はといえば、それはおかしいと思っている。
 というのは、抵抗なり拒否の明示の義務づけは、前にも言ったように、
抵抗しなければ殴られずに済んだかもしれないところを、あえて殴られ
ろ、下手をすれば殺されろといっているに等しい。殴られた上で強姦さ
れるのと、殴られないで強姦されるのでは、後者のほうがまだマシだと
思ったら、そもそも強姦罪自体が成立しないんじゃ、笑い話もならない。
殴られて強姦されないというならまだしも、殴られて強姦されるんじゃ、
ちっとこれはたまったもんじゃぁありません。ここらへん、性意識が変
化してきているということでしょう。
 そういうことを考え合わせると、黙示の合意というのは、問題が多く
はないかということなのです。だから、黙示の合意を認めるべきではな
いんじゃないかと、くどくど言っているわけです。

 現実は違いますよ。黙示の合意は認められています。だから、それは
おかしいのではないかと言うとるのですね。


>Dさんは御自身が述べたことも覚えておられないのですか?

 憶えておりますよ。ですから、貞操の保護が保護法益うんぬんを言っ
た後に、

> ま、現行憲法になって以来、以上のような極端な意見は少なくなりました。
  ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
 と言ったことも憶えています。あと一行、多く引用してほしかった。です
から、

> 強姦罪の保護法益が建て前・本音ともに貞操の保護だなんて、明治憲法
>下にまで戻ってしまわれるんですか?一応、現在では(建て前的ではあり
>ますが)女性の性的自由ということになっているのですから・・・・。極
>端な意見であると書いてあったでしょ。              ^
 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^
 両方ともに極端な意見であると書いておりますよ。
 底流としては変っていない、のだから、建て前としてはさすがに変ってき
ていると言うとるのです。建て前が変っているのに、本音のほうは以前とし
て変化しないというのでは、おかしいとはいえませんか?

 当時の社会における意識の反映によるということは、べつに強姦罪にかぎっ
た話ではありません。だから、わざわざ口に出して言わなかんのです。

 殴られた上で強姦されるより、殴られないで強姦されるほうがまだマシだ
と思うように(私だけではないですよ、こういう意見を持っているのは)、
性意識自体が変ってきているのだから、司法のほうも変ってもらわな困る、
言ってみればそういうことですね。
 尊属殺についても、その存在を当然のものとして認める意見が、最初は多
かったのですから、こっちでも段々でいいから変ってほしいものです。

Deulk




#4278/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 2/22  16: 5  (100)
RE:4113 周りを見てみなさい>D      完全変態
★内容

 >強姦は犯罪ではないといっているが如き印象を受けるというのは、その
 >構成要件において、あまりに女性に厳しく男性に甘いと思われるからです
 >ね。
というより、Dさんの場合は私が女性に甘い態度を見せてなかったので、
強姦を犯罪として見てないと思ったということでしょう。
これを発展すると、Dさんが例として掲げた男性の錯誤によって、強姦罪として
成立をさせなかった裁判官は、己が男性なので(実際は知らない)男性側に有利な
判決を下したのだという事になりますが、どう思われてますか?

 >完全変態さんにとっての強姦の定義を、教えていただきたく思います。
 >ついでに和姦の定義も。貞操の観念が保護法益であることが、当然である
 >という立場からの、それをね。今まで言っていたのは、実際の司法がそう
私がDさんに、話し掛けた理由を述べておきます。
それは売春も関係する事で、前回私が最後近くに述べました
 ・つまり私の述べたことは、Dさんが主張している「貞操観念」とは関係あり
 ・ません。
 ・強姦罪という法律は女性の心身とか、社会的に何かを保護しているのでもなく、
 ・性交の一形態を裁くための理由付けのようなものであり、裁く場合には当時の社会
 ・における性意識を反映させているというだけのことですよ。

のような「性の形態を評価する」ということにつき、過去の決定や因習的なことを再度
見直すという事から、Dさんが強姦ということを話題にされていたのが、お付合を
させて頂こうと思ったのが今回の理由ということです。
そういう意味ではDさんと、共通事項が得られるのではないかと思います。

さて御質問の強姦と和姦の定義ですが、Dさんと似ている部分も有りますが厳密には
異なります。というより、強姦と和姦の線引きが困難であると思っておりますので、
一律的にどうであると言えないということです。
しかし定義がないと話が進みませんので、暫定的に定義を置いてみようと思います。
それには先の裁判の判決理由を一部借用しまして、
 女性が性交受諾の意志を表わしたか、それとも性交受諾の状況を作り上げていた
 場合には、たとえ無知や無意識の結果であろうと和姦と見なす。

 女性が性交拒否の積極的意志を表わしたにも関わらず、男性が性交を強要した
 場合、あるいは女性の心身を抵抗不能の状態、つまり眠らせる、縛り付ける、暴行
 などの手段を男性が用いた場合は強姦と見なす。
 但し女性が性交の可能性を予想できる状況に於いて、抵抗不能の状態を女性側から
 要望していた事を立証できた場合には和姦と見なす。

 >で、加害者といっているのは、被害者との対比において実に分かりやす
 >いからということもあるのです。
被害者であることがはっきりしているのなら、加害者という者が暗黙的に存在する
とは言えますが、海のものとも山のものとも判明をしない場合は、当然の事ながら
被害者が存在しないという事がお分かりだとは思いますが。
しかし事件後直ぐに警察に駆け込み、精液の採取と殴られた痣とか傷、更に
乱れたとか破れた衣服の証拠写真を撮影されたなら、その人は狂言で無い限り
被害者ということにはなります。

 >建て前が変っているのに、本音のほうは以前として変化しないというのでは、
 >おかしいとはいえませんか?
これは前回にも私が自分の文章を引用しましたように、女性自身の意識が変化を
遂げない限り無理でして、女性の性開放が名実と共に進んでいるのなら、女性は
はっきりとした拒否の姿勢ができるはずです。
積極的拒否が出来ないという理由は、見てくれだけは西洋の女性以上に行動をして
いる反面、性交に至るまでのプロセスが従来と殆ど相違が無く、己に都合の良い部分
だけは保持しておこうと思う女性側の甘えが、現実との間にギャップをもたらして
いるのでしょう。

 ・そんな事より女性がはっきりと同意を示していないにも関わらず、成立をしな
 ・かった事の重みを考えて見られたらどうですか。
 ・法律の解釈は当時の社会的状況を反映しており、女性のはっきりしない態度を
 ・裁判官が拒否の意志表示ではないと判断を下したのには、それなりの理由がある
 ・からだというようには思わないのですか?
 >結局のところ、これをおかしいと思うか思わないかの差になるでしょう。
 >で、私はといえば、それはおかしいと思っている。
 >というのは、抵抗なり拒否の明示の義務づけは、前にも言ったように、
 >抵抗しなければ殴られずに済んだかもしれないところを、あえて殴られ
 >ろ、下手をすれば殺されろといっているに等しい。殴られた上で強姦さ
 >れるのと、殴られないで強姦されるのでは、後者のほうがまだマシだと
 >思ったら、そもそも強姦罪自体が成立しないんじゃ、笑い話もならない。
別におかしくはありません。

その裁判の詳しい内容が分かりませんのではっきりしない部分も有りますが、
道を歩いていて強姦されたパターンなら、立証はそれほど困難ではないかと
思います。(事件後直ぐ警察に駆け込めば更に確率は高まると思う。)
立証が難しいのは、男性と女性が顔見知りであり、男性の誘いによって車に乗った
とか、部屋の中に導き入れたというようなケースでしょう。
女性が断わるのが悪いと思ったとか、その他どのような理由であろうと、性交を行なう
べき場所(あるいは行なうのに不自然な場所でない)に行くことを同意したとか、
女性が赴いたというのでしたら、分別が無い女性以外は予見が出来て当然だという
考え方から、女性自身の行動の責任を問われる事があると思います。

しかも女性が性交を常習としていた場合は、尚更女性側の一方的な主張は排除される
可能性は高いのではないかと思います。
それはオナニーと異なり性交は男性という相手が必要なのですが、男性がどのような
やり方(殴る蹴るは別わく)を行なうのかは人さまざまです。
そういう時に女性が男性のやり方が気に入らないとか、性交そのものを行なう気が無い
のならはっきりとした拒否をするか、それともそれ以前に性交を行なっても不自然で
無いという状況を避けるのが当然のところ、曖昧な態度しか表わさないのであれば、
男性が「媚態」や「誘い」として誤解をする可能性も生じる分けですから、強姦罪と
して成立させる事は無理だという判決が出てもおかしくないとは思いませんか?

それをDさんが強姦に付いての女性側の都合だけしか考慮に入れず、裁判に於いて
どのようなやり取りが行なわれたかを考えてみることもしないで、判決理由だけに
目を奪われてしまえば、最も重要な性交に至るプロセスに焦点を当ててみようと
思い付くことも無くなってしまうとは思いますが。

                        完全変態 1993/02/22



#4672/9999 フリーボード
★タイトル (WHB72601)  93/ 2/28  20:33  ( 62)
RE:4278>強姦                    D
★内容


 うーん、強姦罪の保護法益も一緒に聞いておけば良かったですね。ある罪をど
のように捉えるべきかというのに、保護法益というのは重要な役割を果していま
すから(というより、これが一番大事と言ってもいいかもしれない)。殺人罪の
保護法益が人の生命であるからといって、被害者の生命を現実に守ることは不可
能ですが、人の生命ではなく、まあ例えば自分の命を大事に思う気持ちてなもの
にしてしまうと、被害者が現場において自分の命を守るべく行動していなければ、
殺人罪は成立しないことになり、その法の解釈、適用に際して、条文自体は変わ
らなくとも、著しい差異を生むことになるからです。

 実際のところ、強姦罪は次第に社会的法益に対する罪から、個人的法益に関す
る罪に捉え直そうという動きはあります。保護法益の変遷で言えば、貞操観念か
ら性的自由に移っているという事ですね。実際の教科書等でも、刑法の並び順を
無視して個人的法益に対する罪のところにまとめてある例も見られます。

 で、強姦罪が女性の心身、社会的ななにかを保護していないと言うのであれば、
そもそもこの議論自体が成り立ちません。強姦罪のみが、そのように特殊な立場
に立っているとするにせよ、全ての罪(形法に規定されている罪)についてもそ
うだとするにせよ、これは形法とはどうあるべきかというレベルの話か、さもな
ければ、「泥棒に入られたって言うけど、いつも全然戸締まりしていないんじゃ
無理ないな」てな論評レベルの話でしょう。そういう論評レベルなら、「あんな
女は強姦されて当たり前だ」てな話になっても不思議ではない。
 しかし、司法がそれをやったら問題です。殺されて当然の事をした奴は殺され
てもいいわけではないですからね。死刑判決を受けた人間を殺したって、殺人は
殺人です。しかし、内心の自由は最大限に認められるべきだと私は思っているの
で、誰かがそう思うこと自体は否定しませんから、議論はここで終わりです。そ
んな事を言うやつは人間じゃないなんて言うつもりはないし。

 なぜ性交の一形態を形法でもって裁かねばならないのか。いったい形法は何を
守ろうとして、強姦罪という罪を規定したのか。強姦罪を捉え直すというのであ
れば、一番の問題はここです。

 強姦罪の保護法益が性的自由だというのは、私は妥当だと思っています。
 というのは、合意があるならば、たとえ客観的に見れば明らかに強姦と見られ
るような場合であっても、強姦にはならないとするのが妥当だと思っているから
です。たとえ、親告罪ではない輪姦に見えてかつ現行犯逮捕でも、殴る蹴るがあ
ろうが、縛ろうが、蝋をたらそうが、スカトロであろうが、合意があれば罪には
ならないのが妥当だと考えますから、強姦か否かを定めるもっとも重要な点は、
合意のあるなしとすべきでしょう。
 都合のいい時だけ「女性の合意」を強姦と和姦の線引きとし、都合の悪い時は
線引きとしないというのは、不合理です。もちろん、量刑においてはじゅうぶん
に考慮されるべきだというのは当たり前の話です。

 抵抗もしくは拒否の義務づけは、性的自由の侵害以外の暴行なり脅迫を受けな
ければならないという点において不備が多いと言っているのです。女性の性の解
放と、殴られるのが嫌だと思う気持ちは、関係ないと思いますけどね。殴られて
も、下手をすれば殺されても、抵抗し続けるというのは、性の解放とはかなり遠
い考え方のような気もしますけれど。
 殴られないで同意しない性交を強制されるのと、殴られた上で同意しない性交
を強制されるのとどっちがましか、という選択も許されないのは、性的自由を保
護法益とするならおかしな話です。まぁ、強姦罪の範囲ではなく、準強姦罪の適
用範囲にすべきではないかという話は、傾聴するに値すると思いますが。
 また、こういう風に女性が思うようになっている(私の周りでは、殴られた上
で強姦されるより、殴られないで強姦されたほうが、まだましだと思っている人
がほとんどなんですけどね)以上、司法も変わるべきではないですかね。ま、量
刑は以前よりも軽くなる可能性もありましょう。

 お互いに話したいことがずれているよなぁ。題材は強姦で一緒だけど。


Deulk



#5137/9999 フリーボード
★タイトル (KCB72984)  93/ 3/ 7   1:33  ( 86)
RE:4672 堂々巡りですなぁ>D       完全変態
★内容

また泥棒の話ですか。殺人の話も出てはいますけれどね。
ようするにDさんの場合には、強姦に付いての考え方がガチガチに固まっていると
言うことでしょう。
そして固まりを裏付ける為の材料をひねり出すと共に、例に出された裁判の
判決理由は固まりを否定するものであると、申し立てておられるだけではないですか。
その固まりとは「女性が嫌と感じた性交は即強姦である」ということです。

それに対して私は「状況によって異なりうる」と主張をしている分けですが、
Dさんは泥棒や殺人と対比させる事によって、強姦の場合だけは別枠としている
司法のやり方には問題があるとしたいのでしょうね。
しかしねぇDさん、泥棒や殺人の場合にも「和姦」に相当するものがあるという
事を踏まえて、初めて対比が適うものではないですか?

私から例を上げれば殺人の場合に於いては、和姦強姦の微妙さと対比させられるものは
あると言えます。
それはガンなどの末期症状の患者に関わって、問題にされたりすることのある
「安楽死」というものです。
安楽死に関わった裁判は日本で現在進行中(だったと思う)なのは元より、少し以前に
イギリスでモルヒネではなく塩化カリウムを使ったという理由により有罪判決が
出たり、又米国に於いては各州での法律改正も話題になったりしています。

Dさんは、
 >都合のいい時だけ「女性の合意」を強姦と和姦の線引きとし、都合の悪い時は
 >線引きとしないというのは、不合理です。
と言われてますが、都合ではなく「状況によっては」と言い替えるべきです。
安楽死の場合にも本人・家族・医師の三者の気持ちと、死なせるための手段か
それとも苦痛を取り去るための手段なのかが争点になると共に、法律・倫理感・
人間の尊厳性が絡み、法律的に有罪になるのであれば法律そのものの見直しを
計るかどうかという是非論議まで発展をしていくのです。

ですから強姦に付いては「女性側だけの気持ちだけ」ではなく、男性側の気持ちや
状況を踏まえて判断を下すことは必要であって、他の裁判の場合であっても一方だけの
言い分を重視することなど無いということがお分かりにはならないのでしょうか。
泥棒の場合でも他人の財物を許可を得ないで手に入れた行為は同じであっても、
泥棒を為した者が初犯であるとか、泥棒を働いた理由とかによって判決内容に相違が
出るとともに、検事が起訴しない場合も有りうるということです。

それをDさんが戸締まりをしなかったという理由で被害者にも責任を求めるのか?
などというような抗弁を持ち出されて来るようでは、何を見ていられるのかというしか
ありません。
Dさんの着眼点が不自然であるから、私が性交には「微妙な部分」があるからこそ、
一律的に強姦と和姦の線引きは困難であるとして、例に出された判決理由を一部借用
して便宜的な強姦と和姦の定義を提示した分けですが、何を言っているのかと
思われただけなのでしょう。

Dさんはまた、
 >強姦罪の保護法益が性的自由だというのは、私は妥当だと思っています。
とか
 >なぜ性交の一形態を形法でもって裁かねばならないのか。いったい形法は何を
 >守ろうとして、強姦罪という罪を規定したのか。強姦罪を捉え直すというのであ
 >れば、一番の問題はここです。
更に
 >抵抗もしくは拒否の義務づけは、性的自由の侵害以外の暴行なり脅迫を受けな
 >ければならないという点において不備が多いと言っているのです。
などと言われていますが、何かと混同をされているのではないでしょうか。

私の考えでは、刑法は何かを守るための法律ではないということです。
(法律上の能書きは別とします。)
つまり「個人的報復」という手段を辞めさせ、国家が「代理的報復手段」を行使する
事によって、国内の治安を計る事を目的として定められたもの。
ですから治安を守るという言い方は出来ますが、実際の行動は各自が選択できると
いう関係上、防止策と言い切ることが出来るものではないと言うことです。
勿論保護法益という考えた方も私は持っておりません。

強姦罪が存在をしている事によって、行動に起そうという者の一部を牽制する事は
出来ても、ばれたら刑務所に行けば良いだけと思っているような者に対しては効果を
持ちえない分けですから、女性の心身は元より貞操観念とか性的自由などの保護と
いうようなものは最初から関係ないということです。
それより女性が殺されるかも分からないという危惧によって・・・というのは、
強姦罪の存在ということに付いての「派生的事柄」ではないですか。

別の言葉で言うならば、強姦という行為が社会的に容認された行為として
まかり通っていないという事がそもそもの原因だということです。
その為に性交を強要する男性側は犯罪としての処罰と、女性側は世間の目という
事を嫌でも念頭に置くこととなり、強姦という性交の一形態が引き起こす
悲喜こもごもの話が生まれてしまっているのです。
例外は性的興奮を高めることを目的とし、性交時に恐怖を与えようとする者の場合だけ
言えることです。

ですからDさんと私の大きく異なる部分は、Dさんが強姦という固定的イメージの
上に物事を構築しようとしているのに対し、私は強姦のイメージすら素材の一つと
してしか捉えていないということです。

                         完全変態 1993/03/06



#5586/9999 フリーボード
★タイトル (WHB72601)  93/ 3/12  21: 4  ( 50)
re:5137>強姦                    D
★内容


 保護法益という考え方になじめない人と、刑法の話をしても、それは噛み合
うわけはないですね。当たり前です。ここで、保護法益とはそもそも・・・な
んて刑法総論の抗議もどきをする気はないですから、どうしてもなじめないと
いうのであれば、レスは要りません。私もしないかもしれないし。

 私は、こと強姦においては法曹を批判してはいますが、刑法の考えかたその
もの、つまり保護法益だ、構成要件だ、違法性阻却事由だといった類の論理の
組み立てかたをを批判しているわけではありませんから、そこから離れる必要
性をまったく認めないのです。そこか