#0001/9999 ダミー
★タイトル (XXXXXXXX) 94/00/00 00:00 ( 00)
男性に化けた愚かな女性の見本 完全変態
★内容
この記録は聖書SIG(JSEISHO)に表れた牧師と名乗るJobが、完全変態
の手によって化けの皮を剥がされていく顛末記です。人間心理及び心理考察を我が物
にしようと思われている方には、Jobの逃げ惑う姿に哀れさと滑稽さを見出すこと
ができるでしょう。
#0002/9999 ダミー
★タイトル (XXXXXXXX) 94/00/00 00:00 ( 00)
※ 注意事項 ※
★内容
この記録中♀又は♀♂♂で現わしている部分は、Job[DVM26833]の申し立てに添
って改変してあります。 改変に至るまでの経緯については、添付しましたJVSK2.TXT
の前半部(MSG_No.7441まで)を参考にして下さい。
日本キリスト教団の運営に携わる人で、日本キリスト教団の名誉を守りたい等の理
由によって、是非ともJobが名乗っていたハンドルを知りたいと思われた方は、
メールで御連絡下さい。申し立てられた理由の妥当性によってはお知らせする場合
もあります。
但し、日本キリスト教団の本部に問い合わせて、身元を確認できる方に限らせて頂
きます。
#2622/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 93/12/20 15:10 ( 28)
初めまして。 ♀ ♂♂
★内容
日本キリスト教団の牧師をしている者です。(この際だ、バラしてしまおう。)
毎年めぐってくるクリスマスは、本当に辛い時期だったりします。何かネタは
ないかいなと、ふとこのSIGに立ち寄ってみました。
でもって、完全変態さんさんの一連のメッセージに興味を持ちました。(ネタ
にしようとは思いませんが(^^;)
完全変態さん、私はあなたのメッセージのほぼ90パーセントくらいは、うな
ずけてしまいます。(あとの10パーセントは、男根主義的な臭いのする部分で
す。ご自分がホモでなく「男」であることに、何らかのプライドを持っておられ
るご様子なのは、キリスト者がキリスト者であることにくだらないプライドを持
つのと同じことではないか、と私には思えます。)
こういう牧師もいる、ということは、完全変態さんご自身がどこかで看破して
おられた通りです。そのことの存在証明がしたくて、のこのこと出てきてしまい
ました。
このSIGに参加してられる方の多くは、こんな牧師がいるから日本キリスト
教団は!!と、めくじらを立てられるかもしれませんね。
でも、たとえば、聖書を無批判に読むのは偶像崇拝だ、とか、イエスを十字架
につけたのは、まさに「キリスト者は特別なんだ」というような宗教性だったの
だ、とか、そういうふうに考える牧師もいるということです。
もちろん、聖書を読むことで、私はそういう考えを持つに至ったのだ、という
ことは申し添えておきます。
このSIGはこれからもROMさせていただこうと思います。
また、のこのこと出てくるかもしれません。邪魔者扱いしないで下さいね。
>皆さん
♀ ♂♂
#2738/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 93/12/27 19:32 ( 32)
RES:2622 ふ〜む。男根主義ねえ>♀ 完全変態
★内容
> 完全変態さん、私はあなたのメッセージのほぼ90パーセントくらいは、うな
>ずけてしまいます。(あとの10パーセントは、男根主義的な臭いのする部分で
>す。ご自分がホモでなく「男」であることに、何らかのプライドを持っておられ
>るご様子なのは、キリスト者がキリスト者であることにくだらないプライドを持
>つのと同じことではないか、と私には思えます。)
♀さんが私のどの部分に、“男根主義的な臭い”を感じられたのかは解りませんけれど
、宗教的思想に関る者は“巫女”などの一部を除けば、男性のみが特別の高みまで昇り
つめる事が適うとされていると言えるでしょう。バチカンは現在でも女性が司祭の地位
につくことを認めておりませんし、聖書の中でも“女性は頭に被り物をしなければなら
ない”という記述が見られます。
ですから私の場合にはプライドでは無くて、生物が生態的に進化をして来る過程で、生
物の繁殖に関る主要な部分が、女性の肉体に納められる事に至っている事実から、男性
は自己の生体の維持を別にするならば、女性と比較をして感情的な精神より高度な精神
を、発達させる機会を有していると見ているだけです。とは言いましても、私自身が宗
教的な道を目指して(或は歩んで)いる気持ちはありませんで、精神の働きを考察する
為の一手段として、宗教的思想と関りを持つようになっただけです。
> こういう牧師もいる、ということは、完全変態さんご自身がどこかで看破して
>おられた通りです。そのことの存在証明がしたくて、のこのこと出てきてしまい
>ました。
“こういう牧師”と言われましても、私は牧師というもんに特に言及をした覚えはあり
ませんが、キリスト教徒特有の意識などありえず個人個人には相違が在るのだから、そ
の人の行為は宗教的思想内容に因らずして、たまたま特定の宗教思想に関りあっていた
に過ぎないとは、以前に述べた事はあります。
ただ当SIGにおいては、若干の者がキリスト教徒特有の意識が存在をしているとほの
めかし、一人で背負っているかのような発言を繰り返している者がいますので、お遊び
として誉め称えてあげた事(^_^)はありましたが。
完全変態 93/12/24
#2752/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 93/12/28 2: 5 ( 29)
RE:#2738 どうも、失礼しました。>完全変態さん Job
★内容
ふむ、プライドでなく、事実を事実として認めているのだということですね。
だとすれば、男根主義という言葉は、単なる誹謗でしたね。ごめんなさい。
ただ、女性だけが妊娠の可能性を持つというのは、確かにただごとではないと
思いますが、だから男性の方が「高度」なのだ、というのはイデオロギーではな
いのでしょうか。
他の教団のことはよくわかりませんが、日本キリスト教団に限って言えば、信
徒の約3分の2は女性なんですよね。それに対して、教団の運営に関わるところ
では、最善でもこの逆転。つまり、男性が3分の2以上を占めてる。アパルトヘ
イトじゃあるまいし、ということで、今女性たちは声を上げてます。
そういう状況の中で、なぜキリスト教信者に女性が多いのか、また、それにも
関わらず、なぜ男性が牛耳っているのか、という問題には興味があります。
それと、同性愛については、どうお考えなのでしょうか。「ホモ」という言葉
を悪口として使われているようにお見受けしましたけれど。
「牧師」云々については、どうも完全変態さんを出汁にしてしまうという愚を
犯していたようですね。これも失礼しました。
おやざかなさんを批判されてるくだりに、多分「お遊び」としてこんな「牧師」
ばかりじゃあるまいに、というニュアンスの文章を書かれていたものですから。
おっしゃる通り、私の思想も行為も、私に責任があります。牧師だからどうだ
ということじゃないですね。
Job
PS.「♀」というハンドルは捨てました。ご理解下さい。
PPS.それにしても、完全変態さんがあげてられる女性を差別している聖書の
言葉や、同性愛を戒めている聖書の言葉を、聖書無誤説の方たちは、ど
んなふうに読んでられるんだろう??。
#2803/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 93/12/30 15:10 ( 89)
RES:2752 社会的と・・>Job 完全変態
★内容
> 他の教団のことはよくわかりませんが、日本キリスト教団に限って言えば、信
>徒の約3分の2は女性なんですよね。それに対して、教団の運営に関わるところ
>では、最善でもこの逆転。つまり、男性が3分の2以上を占めてる。アパルトヘ
>イトじゃあるまいし、ということで、今女性たちは声を上げてます。
> そういう状況の中で、なぜキリスト教信者に女性が多いのか、また、それにも
>関わらず、なぜ男性が牛耳っているのか、という問題には興味があります。
日本は男性社会ですので、男性が主要な位置を占めているからといって、何等不思議な
事ではありません。又、女性の地位の向上が叫ばれていても、女性は依然として男性に
甘えを抱くと共に、己が女性であると言うことに甘えています。これは日本の“精神風
土”に関係していることですから、過去を受け継ぐ事が出来ない状況が生じない限り、
受け継がれて行くでしょう。
女性が宗教に走る理由には、男性に頼る(或は庇護される)事が適わない場合、或は又
男性からは得れない事柄を求めている場合には、宗教と関りを持つきっかけとなるかと
思います。つまり男性ならば己の手で勝ち取る事が適っても、女性であるという理由(
社会的・生理的な)で不可能、或は困難が予想されると当事者が思えば、他に求める手
だては神様しかないと言うわけです。その結果女性は男性より、宗教に集まる可能性が
高まると言えるでしょう。
女性がキリスト教に何故集まるかですが、これは女性は何故教会で結婚式を挙げる事を
望むのかと、言うことと同じような次元の事かと思います。つまり「見てくれ」と、そ
れなりに読み取る事が出来る意味訳の聖書という「単純さ」が、大きな要因だろうと言
うことです。後付随する事として“ブラインド志向”もあるでしょうし、日本文化より
西洋文化の方を好んでいるという傾向も、加味されていると言えるでしょう。
> ただ、女性だけが妊娠の可能性を持つというのは、確かにただごとではないと
>思いますが、だから男性の方が「高度」なのだ、というのはイデオロギーではな
>いのでしょうか。
創世記には、エヴァがアダムの肋骨から造られたと書かれています。つまり女性は男性
の肋骨一本分に相当するものしか、“神とは似ていない”と捉える事が適いますから、
女性の精神と男性の精神は「質的に異なっている」と、当時の人間が考えていた事が判
明をします。
人間は男性女性共に肉体を有しておりますが、神は肉体を有してはいないという観点か
ら眺めれば、男性は女性より「霊的である」という結論が引き出されます。創世記の記
述がイデオロギーよりもたらされているのなら、エデンの園の“寓話”も意味を持ち得
る事は無くなりますけれど、エデンの園という“寓話”に信憑性を見出すのであれば、
男性は女性より高度な精神(つまり霊的精神)を有せる、可能性が開かれている事にな
るとは思いませんか?(^_^)
精神は直接的に“実体”として指し示す事が適うものでは在りませんが、便宜的には“
感情”と“理性”に分ける事は適います。感情と理性はどちらが高度であるかは、基準
によって異なっては来ますけれど、肉体的(或は物質的)に直接掛かり合う方を“低い
”と定めれば、“感情”が肉体的次元により近いものだと言う事が出来ます。
他者から受けた事柄に直接反応する精神は“感情”であり、感情を抑制するものを“理
性”ですが、“感情”が強い場合は“理性”がふっ飛ぶことになります。又、感情は容
易(或は安易)に反応をする精神ですから、感情のままに行動を行なうのであれば、結
果的に自己倒壊に至る場合も出てきます。ですから“理性”と呼んでいる精神のいち形
態は、先を予測して自己を守るためには欠かせないと言えますし、感情は男性及び女性
にも存在をしてはおりますけれど、男性と女性を比較した場合に安易に反応する“感情
”による行動は、女性の方が圧倒的に多いと言えます。
それは女性は自己の肉体の維持を計る事意外に、媚態・生殖・受胎・出産・養育という
サイクルが「肉体的に運命ずけられている」と言っても過言ではありませんから、悠長
な理性という精神よりは、すばやく容易に反応できる感情という精神が、必然的に発達
することに至るという事です。
女性がいかに肉体的であるかは、恋をすることによって奇麗になるとか、セックスを行
なう事によって新陳代謝が活発になり、吹き出物が消滅をしたり生理が順調に至ると言
うように、女性の精神は肉体とは切っても切れない関係にあるわけで、女性が女性であ
る為には男性が欠かせないとは言えても、男性が健康を保つために特に女性が必要であ
るとは言えませんので、それだけ精神を発達させる機会があるわけです。これらは個体
においては一代限りでも、肉体に刻印をされて来ているのなら、女性と精神の差は殊更
顕著だと言えると思います。
> それと、同性愛については、どうお考えなのでしょうか。「ホモ」という言葉
>を悪口として使われているようにお見受けしましたけれど。
ホモと言っても狭義と広義があるのではないかと思いますけれど、髭面のおっさんが絡
み合っているのなど見たくもありませんねえ。レズビアンというのも在りますが、あく
までも男性の目から見て興味をそそるかどうかということで、同性愛の当事者がどんな
気持ちで行なっているのかは、検討もつきません。私にお誘いが来たならすかさず断り
ますけど、お好きな方同士でやっていられる分につきましては、ご随意にどうぞと言う
とこですね。
稲垣足穂の“少年愛の美学”とか“A感覚とV感覚”を読んだ事がありますが、女性の
代用としての男色、或は女性と関係を持つ形の同性版というより、特定の部類に属する
男性であるが故に、「美学まで高めて」しまう事が可能なのだと言う見地に立ってみる
ならば、男色も捨てたものではないと言えるでしょう。
男色に“忌まわしさ”が付きまとうようになったのは、キリスト教の影響を受けて後の
事と推察が出来ますし、プラトンやソクラテスなど当時の哲学者は、同性愛をごく普通
に行なっていたという話もあります。
勿論日本にも古くから“小姓”とか“稚児”と称される風習があり、神社仏閣は元より
武家・公家・民衆と幅広く行われて来ていて、数々の思いが川柳として表されています
。色を行えば子供が出来うると言うのは、あくまでも女性との秘め事を前提としての話
ですから、子供を産する事を念頭に置かなければ、秘め事の対象が女性であるべき必要
性が生じないわけですので、“色事を楽しむ”ことから見るならば、女性との秘め事と
同性との秘め事という、それぞれ別の楽しみ方が在ったのだと言う事が出来うるでしょ
う。
完全変態 93/12/29
#2806/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 93/12/30 22:12 ( 84)
RE:#2803 男性社会>完全変態さん Job
★内容
>日本は男性社会ですので、男性が主要な位置を占めているからといって、何等
>不思議な事ではありません。
これ置き換えてみますね。「合衆国はWASP社会ですので、WASPが主要
な位置を占めているからといって、何等不思議なことではありません」。ふむ、
確かに事実としては、そうでしょうね。ですが、それを事実であると認めるのと、
それが当然であると考えるのとでは、天と地ほどの差がありますね。完全変態さ
んとしては、WASPが「主要な位置を占めている」のも当然だとお考えになり
ますか。それとも、それと男性社会であるのとは話が別だとお考えになるのでし
ょうか。あるいは、事実を事実として書かれただけで、それを当然だとは考えて
おられないということでしょうか。
>女性の精神と男性の精神は「質的に異なっている」と、当時の人間が考えてい
>た事が判明をします。(下線Job) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これ、まさに当時のイデオロギーであったということではないのでしょうか。
何かのコマーシャルに、「すべての男は、女から生まれた」というコピーがあ
りましたけれど、こっちが事実でしょう。完全変態さんも、女性からお生まれに
なったはずですし(^_^)。
>女性が女性である為には男性が欠かせないとは言えても、男性が健康を保つた
>めに特に女性が必要であるとは言えませんので、
うーむ、「悔しかったら、男性だけで種の保存をやってみぃ!!」という女性の
言葉が聞こえてきそうな気がしますね。とはいえ、昨今の産科医学をみていると、
「やってみたろやないか」という男性の意地みたいなのが感じられてしまう今日
この頃ですが、基本的にあのアダムとエバの神話は、そういう男性の意地が産み
だしたイデオロギーに、大きく影響されているのではないかと、私は見ておりま
す。つまり、すべての男は女から生まれ、また、男には永遠に子どもが産めない
という、打ち消しようのない事実を、せめて神話の世界でひっくり返してやろう
じゃないか、という動機があるのではないかと思うのです。
それだけではない、とは思います。あそこから学ぶべきは、もっと別のところ
かもしれません。しかし、パウロなんかは、あの箇所を根拠に、女が男から造ら
れたのだから、女は男よりも劣っている、なんてぬけぬけと書いていますね。
しかし、聖書にはもう一つの創造神話も載せられていますね。
創世記 1:27、
「神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。」
こちらでは、男と女とに分かれている、そのことが、神の姿に似ているのだ、
と読めます。
男が財産としての妻を手に入れる、結婚がそういうことでしかなかった時代の
中で、モーセは離縁を許しているが、お前はどう考えるのか、と問われて、イエ
スの引用したのが、この箇所ですね。
このときのイエスの言葉ですが、よく言われるように、離婚を禁止しているの
だということではないと思うんです。その財産が気に入らなくなったから捨てる
ということでしかなかった「離縁」が、男性だけに許されている。そのことに対
して、結婚というのが、片一方が一方的に相手を所有したり捨てたりというよう
な悲しいことであってたまるか、人が男と女とに造られているというのは、二人
の人が一体となるべく造られているということではないか、と主張している。そ
う私は読んでいます。
二つの創造神話にせよ、パウロとイエスにせよ、同じような時代の中で、同じ
ようなイデオロギーにさらされながら、こうも違う主張をなしていることに、私
は興味を覚えます。もちろん、もっと興味があるのは、現代という文脈の中で人
が何を主張するか、ということの方ですが。
同性愛についてですが、狭義の、つまり、絡み合う髭面のおっさんたちについ
ては、ま、御随意にとは思うけど、自分としては見たくもないと、そんなのは
「捨てたもの」だと、こういうことですね。私や完全変態さんが、気がついたと
きには異性愛者であったように、そのおっさんたちも、気がついたときには同性
愛者だったのだ、ということを聞いたことがあります。で、多分、同性愛者は異
性愛者を「捨てたもの」だとは思わない気がする。「このヘテロ!!」というの
が悪口としては通用しないということからも、わかりますよね。もちろん、おか
まさんが、あなたよく女の人と愛し合えるわねぇ、なんて冗談を飛ばすことはあ
るでしょうが。
どちらも自分で選んだわけでなく、気がついたときにはそうだっただけなのに、
対等でないのは変だな、と思うんです。これまた、(ご指摘のようにキリスト教
も含めた)イデオロギーのせいではないのでしょうか。
おっしゃる通り、少年愛の問題はまた別ですね。
これについては、考えがよくまとまりませんが、まず思うのは、男は能動的に
愛するものである、という思いこみがあって、しかし、受動的に愛されたい欲求
もある、というところから始まっているのではないかな、ということです。
なのに、女の人を対等な相手と見ていなかったために、愛されるなら、少年の
時代に大人の男の人に、という方を選んだのではないかと。
受動的に女の人に愛してもらうこともすればすむんじゃない?という気がして
しまいます。挿入するのでなくて、導入してもらうというふうにも考えられます
ね。
もちろん、異性愛者は、ということですが。
Job
#2819/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 93/12/31 15:47 (108)
あなたは無神論者でしょう(^_^)>Job 完全変態
★内容
RES:2806
> これ、まさに当時のイデオロギーであったということではないのでしょうか。
> 何かのコマーシャルに、「すべての男は、女から生まれた」というコピーがあ
>りましたけれど、こっちが事実でしょう。完全変態さんも、女性からお生まれに
>なったはずですし(^_^)。
前回の創世記からの引用は、Jobさんが“牧師である”ことを踏まえてのひっかけだ
ったのですけど、“無神論者”と替わらない発言が返って来るとは思いませんでした。
日本キリスト教団には、無神論者の牧師がいるというJobさんの発言は、Jobさん
自身の事だったのでしょうかね。(^_^)
当時の人が考えていた“女性と男性の精神の異なり”が、
>基本的にあのアダムとエバの神話は、そういう男性の意地が産み
>だしたイデオロギーに、大きく影響されているのではないかと、私は見ておりま
>す。つまり、すべての男は女から生まれ、また、男には永遠に子どもが産めない
>という、打ち消しようのない事実を、せめて神話の世界でひっくり返してやろう
>じゃないか、という動機があるのではないかと思うのです。
のように、女性に対しての“羨望”からもたらされているのだろうという、根拠のよう
な物をJobさんはお持ちなのでしょうか? Jobさんの“女性優位”を表明したい
ようなご発言には、Jobさんが女性であるか、それとも常日頃女性というものに付い
て嫉妬めいた思いと、己が男性として生まれて付いてしまったという無念さが、絡み合
っている故の表れが見えるのですけれど。
それはJobさんの“着眼点”が、女性ならば反論の材料として引き合いに、持ち出す
のではなかろうかと言うところに置かれているからです。
私は特にJobさんの性格分析をしてる気はありませんが、見知らぬ方とお会いした時
には自然と行なっている行為ですので、お気に障られても私の性根として許容して頂く
しかありません。それで失礼は承知しておりますが、話の行きがかり上、更に失礼を重
ねさせて頂くとします。
Jobさんが最初私に話しかけられた時に
>あとの10パーセントは、男根主義的な臭いのする部分です。
と申されたわけですが、私は“はて?”と思ったものです。それは“男性主義”という
表現でしたらまだ意味としては解るものの、“男根とは何のこっちゃ”という思いから
Jobさんに再質問をしたわけですが、あっさりかわされてしまいました。
しかし今回Jobさんからの返事の内容を眼にしまして、“ある種の共通事項”を見出
すことが適いましたために、Jobさんに対しての疑問が湧いて来たというわけです。
それはエデンの園の記述に関る、Jobさんのお考えだけならともかくとしましても、
> おっしゃる通り、少年愛の問題はまた別ですね。
> これについては、考えがよくまとまりませんが、まず思うのは、男は能動的に
>愛するものである、という思いこみがあって、しかし、受動的に愛されたい欲求
>もある、というところから始まっているのではないかな、ということです。
> なのに、女の人を対等な相手と見ていなかったために、愛されるなら、少年の
>時代に大人の男の人に、という方を選んだのではないかと。
> 受動的に女の人に愛してもらうこともすればすむんじゃない?という気がして
>しまいます。挿入するのでなくて、導入してもらうというふうにも考えられます
>ね。
> もちろん、異性愛者は、ということですが。
におけるJobさんの“着眼点”が、『己を少年の立場』に置いての考え方であった為
に奇異な感じを受けたのです。Jobさんが最後に申されている
> もちろん、異性愛者は、ということですが。
は、これより以前のJobさんの
>私や完全変態さんが、気がついたときには異性愛者であったように、
と関っているわけですから、私とJobさんは“女性を性愛の対象にしている”と言う
ことになりますが、それにしては“変だなあ”と言うわけです。
つまり、気が付いた時には女性を性愛の対象にしていた私ですから、少年を性愛の対象
として捉えたところで、己を少年として置き換える事は無いと言えます。もし私が己を
少年の立場として置いて見るのなら、私は“潜在的”には同性から愛される願望を秘め
ている事になりますので、Jobさんの発言趣旨の奥底には常日頃の“受動的願望”、
或は受動的状態からの素直な気持ちの発露ではないのかと言うことです。
> しかし、聖書にはもう一つの創造神話も載せられていますね。
> 創世記 1:27、
> 「神は御自分にかたどって人を創造された。
> 神にかたどって創造された。
> 男と女に創造された。」
> こちらでは、男と女とに分かれている、そのことが、神の姿に似ているのだ、
>と読めます。
この記述は、どのように捉えるのかによって異なってきます。それは神が人間を造った
のが一回なのか、それとも二回行われたのかと言うことです。一回であるならば“概略
”と“細目”に分かれているだけだと見れますし、二回であるならばアダムとエヴァが
人祖だという話が怪しくなってきます。ですからこの部分のJobさんの申し立てに付
きましては、Jobさんが“一回説”を採用されているのか、それとも“二回説”の方
を採用されているのかの、お答えが行われた後とさせて頂きます。
> これ置き換えてみますね。「合衆国はWASP社会ですので、WASPが主要
>な位置を占めているからといって、何等不思議なことではありません」。ふむ、
>確かに事実としては、そうでしょうね。ですが、それを事実であると認めるのと、
>それが当然であると考えるのとでは、天と地ほどの差がありますね。完全変態さ
>んとしては、WASPが「主要な位置を占めている」のも当然だとお考えになり
>ますか。それとも、それと男性社会であるのとは話が別だとお考えになるのでし
>ょうか。あるいは、事実を事実として書かれただけで、それを当然だとは考えて
>おられないということでしょうか。
恥かしながら私は“WASP”とは何か知りませんので、答えが曖昧になろうかと思い
ますけれど、日本と米国では“精神風土”に相違が在りますために、日本と米国を単純
に比較をしようとするのは暴挙だとは言えます。
一口に男性社会と言いましても、“某国では男性社会を採用している”と言うように用
いる事が適うものではなく、結果的に男性社会として表れていると言うべきですから、
男性社会ならではの“要素・要因”に付きましても、先程述べました“精神風土”によ
って異なって来る部分もあると言うことです。又、私が述べましたのは“不思議ではな
い”であって、“当然だ”という事ではありません。
言葉は個人によって微妙に意味合いが異なっていたり、又その人の言葉というものも在
ります為に、Jobさんに誤解を与えた部分もあるかもしれませんが、私の言葉で言う
ところの“当然”とは、「男性社会特有の要素によって同じ結果が出る」というように
用いたりするものですが、“不思議ではない”とは、
男性社会固有の要素だけでなく“流動的要素”も在るものの、現時点では流動的要素
がほぼ固定化しているために、流動的要素も固有要素と絡まって固定的要素として捉
える事も適う故、現在のところ**のような結果が表れてしまっているのは、不自然
な事では無い。
というニュアンスのものだと言うわけです。
完全変態 93/12/31
P.S.本当はJobさんて、女性だったのでしょ?(^_^)
牧師や神父のたぐいに、女性がいるとは思ってもいませんでしたので。
#2823/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 93/12/31 23:51 ( 61)
RE:#2819 あはは、バレたか!(うそうそ)>完全変態さん Job
★内容
何を隠そう、私は無神論者の女性です。なんでバレたんだろう?
(ちゃう、っちゅうに(笑))
冗談はさておいて、まぁそう決めつけないで下さいな。別にどちらでもいいよ
うな気もしますが、いちおう事実としては、私は神を信じている男性です。信じ
ていただけるかどうかは別でしょうけれども。あ、異性愛者であるのも事実です。
(おお、そういえば、私も勝手に完全変態さんを男性であり、異性愛者であると
決めつけておりました。間違いではなかったようでホッとしておりますが、思え
ば失礼な話でありました。<(__)>)
ただ、私はなぜか小さいころから、「女々しいやつ」とか、「おかま」とか言
われることは、わりとありました。それはつまり、自分が男性であることを受け
入れるのに、無意識のうちに苦労をしていたということでしょうし、そう言われ
るのがたまらなくいやだった、というのも、そういう自分の無意識を恥部として
認識していた、ということでしょう。
ご指摘の通り、このあたりのことにこただるのは、そのトラウマが根っこであ
ると思っていますが、ま、今ではそれも、私の歴史であり個性であると受け入れ
ておりますので、ご安心下さいませ(^^)。(別に心配しとらんぞ、って?(笑)
じゃなくて、失礼でもなんでもありませんよ、という意味で。それとも、こんな
男は気持ち悪いですか?)
えっと枝葉ですが、神父は皆さん男性ですが、牧師には女性の方もたくさんお
られます。これ、プロテスタントの自慢ですv(^^)。
それと、聖書を批判的に読む視点を持っているからといって、無神論者である
とは限りませんよ。このSIGではいざ知らず、ですが。うーん、このへんは完
全変態さんには、釈迦に説法のような気がするんですけれど(^_-)。
さて、創造神話ですが、一回説、二回説というのは、はじめて聞きました。
私としましては、創世記の 1:1-2:3 と 2:4 以降は、別の系譜に属する神話で
ある、という有力な仮説を受け入れているに過ぎません。ヴェルハウゼンという
人が提唱し、今日比較的広く支持されている、いわゆる「四資料説」です。
ですから、思想が違って当然だと思いますし、それぞれに、味もあろうかと思
います。それに、編纂者がどちらも並べて書いてしまっている、という点も、学
ぶべきことではないかと思う、というのは前にも書きました。
で、アダムとエバの物語に、男性社会のイデオロギーが入り込んでいるのでは
ないかという話は、確かに私自身は根拠を持っておりませんし、「四資料説」も
それは言っておりません。これは、田川建三という聖書学者から聞いた話の受け
売りであることを告白しておきます(^^;。なるほど、そうかもしれない、と思え
たっていうことです。
ただ、確かに言えるのは、パウロを初めとして、あの箇所を根拠に「男性優位」
の思想を振りまく人は、ままある、ということですね。
WASPの話は、確かに必然性のない独りよがりであったかもしれませんね。
ホワイト、アングロ・サクソン、プロテスタント、の頭文字で、合衆国の支配
層を指した言葉です。ただ、白人支配には反対でも、男性支配はそれでいいのだ、
と思っている男性は、少なくない気がするものですから、あえて置き換えてみた
ということです。
実状が男性社会であることを認識したり、それが日本の、特に女性の「精神風
土」にも原因のあることではないか、と分析したり、ということも、それでいい
のだと思ってするのと、それをなんとかしなくちゃと思ってするのとでは、大違
いじゃないか、ということが言いたかったのですが、うまく表現できていなかっ
たかもしれませんね(;_;)。
Job
PS.おおっ、除夜の鐘だ! うみみ、年越しレスになってしまう。今のうちに
書いておこう。そういうわけで、「来年」もよろしくお願いします。<(__)>
アップできるのは、来年になるかも(笑)。何しろ、この時間は混んでる
らしいから(^^;。
#2844/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/ 2 22: 6 (114)
RES:2823 そうでしょうか>Job 完全変態
★内容
> それと、聖書を批判的に読む視点を持っているからといって、無神論者である
>とは限りませんよ。このSIGではいざ知らず、ですが。うーん、このへんは完
>全変態さんには、釈迦に説法のような気がするんですけれど(^_-)。
Jobさんが聖書を批判的に読んでいる事を私が理由とするならば、もっと以前に私が
Jobさんは無神論者ではないかと、指摘をしただろうとは思われないのですか。私が
Jobさんに無神論者の疑いを抱いたのは、エデンの園の記述内容が“イデオロギー”
からもたらされていると返した時点からなのです。
キリスト教の抜本的な(と私が思っている)原罪を否定してしまうのなら、イエス=キ
リストの“十字架での贖い”が意味を失い、同時にイエス=キリストの“救い”の真価
が半減をし、神は元よりイエス=キリストの存在すらイデオロギーの産物になってしま
って、信仰という言葉だけが取り残されてしまうのですよ。となれば後は、Jobさん
は無神論者だとなるだけではないですか。それともJobさんは、神が人間を造ったと
いう下りだけはイデオロギーではあるが、それ以外(原罪も含む)は全て受け入れてい
るとでも言うのですか?
> ただ、確かに言えるのは、パウロを初めとして、あの箇所を根拠に「男性優位」
>の思想を振りまく人は、ままある、ということですね。
私は聖書を隅々までくまなく読んでいるわけではありませんので、パウロが述べている
という箇所の特定が出来ませんが、パウロがエデンの園の下りを引用しているからと言
って、エデンの園の件だけを証明の材料として用いているとしてしまうのは、いかがな
もんかとは思われないのでしょうか。パウロがまともな教育を受ける機会が無かったの
なら別としても、パウロの書簡にはギリシャ思想の影響が散見できるぐらいですから、
他の事柄に付いての勉学は元より自己の観察などから、男性と女性との精神の異なりを
熟知できていたと捉えたほうが自然だということです。
> ただ、私はなぜか小さいころから、「女々しいやつ」とか、「おかま」とか言
>われることは、わりとありました。それはつまり、自分が男性であることを受け
>入れるのに、無意識のうちに苦労をしていたということでしょうし、そう言われ
>るのがたまらなくいやだった、というのも、そういう自分の無意識を恥部として
>認識していた、ということでしょう。
> ご指摘の通り、このあたりのことにこただるのは、そのトラウマが根っこであ
>ると思っていますが、ま、今ではそれも、私の歴史であり個性であると受け入れ
>ておりますので、ご安心下さいませ(^^)。(別に心配しとらんぞ、って?(笑)
>じゃなくて、失礼でもなんでもありませんよ、という意味で。それとも、こんな
>男は気持ち悪いですか?)
Jobさんは、“女のようだ”と他者から言われる事が、“たまらなく嫌であった”わ
けなのでしょ? それなら反動によって他者から男性として扱われるようにと、力強さ
などを身に付けようと欲するのが相場であり、現在に至っては男臭さがムンムンしてい
ても不思議ではありません。
しかし“たまらなく嫌であった”のなら、何で男性である事を受け入れるのに苦労をす
るのでしょうか?? この部分は文章の運びから言えば、本当は下記のようになるの
ではないでしょうかね。
私は小さい頃から「男まさり」とか「男女(おとこおんな)」と、言われることがよ
くありました。それは私が女性であることを受け入れるのが、たまらなく嫌であった
ために、男性に負けまいと男顔負けの努力をしてきたつもりだからです。しかし私が
いくら努力をしても、“所詮女の子だから”という周囲の冷たい言葉によって、男性
のような評価を受ける事はなかったのです。
諦めきれない私は、いつも叫び続けてきました。“何故、女性と男性とは同等でない
の!“。しかし私の叫びは空しく闇に消えるばかりで、誰も私の思いに答えようとす
る人はいませんでした・・・・。
とまあ、ここまで話が臭くは無かったでしょうが、筋道的には明確になるとは思いませ
んか?(^_^)
>それはつまり、自分が男性であることを受け入れるのに、無意識のうちに苦労をし
>ていたということでしょうし、そう言われるのがたまらなくいやだった、というの
>も、そういう自分の無意識を恥部として認識していた、ということでしょう。
Jobさんは“無意識”とはどんなものか、御解りにはなっていないようですね。
>そういう自分の無意識を恥部として認識していた、ということでしょう。
と述べられていますが、“無意識”とは意識出来ないからこそ“無意識”なのであり、
認識が出来ているのなら“無意識では無くて意識そのもの”なのです。又、“無意識の
内に苦労をする”のはありえなくて、“苦労とは意識することによって”もたらされる
ものだという事です。ですからJobさんが男性の場合“女のようだ”という指摘によ
って、“たまらなく嫌だ”と意識で感じていたならば、無意識には女のようだと見られ
てしまう事に対して、「脅え」が入り込んでしまうのですよ。そしてこの脅えは“女の
ようだ”と述べた者に対して、無意識的に【萎縮】してしまう事にもなると。
己の無意識を次第に意識の領分にまで引き上げ、見据える事は不可能ではありませんけ
れど、そうおいそれとどなたでも適うもんでは無くて、ましてや「無意識の管理」まで
行おうとするには特殊な訓練が必要なのです。ですから無意識がどんなものであるかを
把握出来てないJobさんが、無意識の管理が出来ていると見なすのは無理であります
ので、Jobさんの主張から無意識的“発露の所産”を取り除くのも、無理であるとい
うしかないですね。とは言いましても、無意識的な表れを見出せる者は決まってしまっ
ているとも言えますから、Jobさんの“無意識よりの声”が人を選ばすして届いてし
まっているわけではありません。その為にそう用心される事もないかもしれませんけど
、ただ他者の無意識や秘めておきたい事柄を見出す事が出来る能力をお持ちの方は、己
の無意識の管理が出来ている人よりは多く、論理的議論を歴戦されて来られた方々なら
程度の差はあるにしても、自然と身に付けられているとは言えるでしょう。
Jobさんが“少年愛”について意見を披露された時には、今回とは異なって私に何の
警戒もされていなかった為に、無意識に植え付けられている“受動的立場”が素直に表
われ、私のような異性愛者(女性に対しての)ならば意識的に行わないと無理である、
“少年を己として置き換えてみる”ことを自然と行われているのです。Jobさんが女
性であり、日本の従来の精神風土の中で育つ過程において、他者から女性らしさを求め
られ、Jobさん自身も己が女性であることを認識できているとするなら、一般的な日
本女性の姿だと言えます。しかしJobさんが“実際には男性である”とするならば、
希に見る存在だと言わざるをえません。それはJobさんが“同性愛者”なら、同性愛
者とはそんなものなのかと思うだけですけど、“異性愛者”となると話の様相が異なっ
て来ます。
>日本キリスト教団に限って言えば、信徒の約3分の2は女性なんですよね。それに
>対して、教団の運営に関わるところでは、最善でもこの逆転。つまり、男性が3分
>の2以上を占めてる。アパルトヘイトじゃあるまいし、ということで、今女性たち
>は声を上げてます。
(#2752)
>PPS.それにしても、完全変態さんがあげてられる女性を差別している聖書の
> 言葉や、同性愛を戒めている聖書の言葉を、聖書無誤説の方たちは、ど
> んなふうに読んでられるんだろう??。
(#2752)
Jobさんのこの文面は、“現状において女性が差別されている”“聖書にも女性を差
別する記述が在る”という事ですが、もっと別な見方があるとは思われないのでしょう
か。それは女性が差別をされているわけでは無くて、女性を女性として取り扱かわれて
いるに過ぎないというものです。
完全変態 94/01/01
P.S.通常ならば、私が女性と議論を行なうのは希と言えます。女性は“感情的考察”は
得意(^_^)でも、“論理的考察”は御粗末だからです。それに思想・信条を保持し
ているかのような発言をしていても、実際は“快・不快”の感情からもたらされて
いるだけですので、論旨などあっても無いのと同様だと言えるでしょう。
#2888/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 94/ 1/ 4 17:42 (102)
RE:#2844 いろいろ>完全変態さん Job
★内容
何から書きましょうか。
まず、やはり大本で、おのれの偽善者ぶりを総括しておきましょう。その上で
個々の点で、反論したいところだけ、反論を試みることにいたします。
いやぁ、いろいろ考えさせられましたです。ほんと。<(__)>
男性、女性、ということでなく、おのれの未熟さを正当化したいために、性差
別はいけない、というステレオタイプな思想でもって、理論武装を試み、色眼鏡
で人を見ていたかなというとこらへんに、気づかされてしまいました。
その意味では女性を出汁にしてたと思います。
弱い自分を、よしよししたいために、弱者を必要とするってのは、考えてみれ
ば、究極の差別かもしれない。やですねぇ。その点は顔を洗って出直しますよ。
てなとこをおさえつつ、すぐに変われないのも人間でして、恥の上塗りになる
ことを覚悟の上で、もちっとがんばるだけがんばってみますね。
>P.S.通常ならば、私が女性と議論を行なうのは希と言えます。女性は“感情的
>考察”は得意(^_^)でも、“論理的考察”は御粗末だからです。それに思想・信
>条を保持しているかのような発言をしていても、実際は“快・不快”の感情か
>らもたらされているだけですので、論旨などあっても無いのと同様だと言える
>でしょう。
この文章、どういうトラップだろう。極めつけの「差別発言」みたいだけど??
Jobは女のくせに、なかなか論理的な考察をやっとるやないか、というお誉め
の言葉なのだろうか。それとも、男のくせに論理的に考えられない未熟なやつと
いうご批判なのだろうか。
言わせてもらえば、「快・不快」というのは、ものを考える上で、けっこう大
事なとこではないかな、と思ったりもします。
もひとつ。女性は〜、というように、女性をひとくくりにして見てしまうのは
どんなものかいなと。
ま、こんな私の反応は、「お約束」かもしれませんが(^^;。
それと、創造神話のことですが、イデオロギーの影響を受けているのではない
か、と私は書いたのであって、イデオロギーからもたらされているので、無意味
だとかいうつもりはありませんよ。
原罪については、私なりに考えるところがありますが、何にしても、あの神話
が事実でないなら、そこから何も学べないというふうには思いません。
批判的に読むというのは、この話のこういうところは、男性社会のイデオロギ
ーの影響を受けているのではないか、とかいう考察も含むものではないのでしょ
うか。
パウロについては、もちろん、あの箇所だけから「男性優位」の主張をしてい
るとも、あの箇所だけからそれを学んだとも思いませんよ。
ちなみに、私が問題にしているのは、コリント一 11:8,9 ですが、彼はコリン
トの教会で、女性たちが男性たちと対等に発言したりする雰囲気ができつつあっ
たのを、苦々しく思っていたのだと思われます。それはもちろん、彼が自己を形
成する中で、いろいろなところから影響を受けて、できあがってきた思想であり、
感性であったことでしょう。ガラテヤ書では、「男も女もない」ということを書
いているパウロですが、原則としては平等思想を持っていた彼も、実際に女性が
がんばっているのを見たときに、それに対して苦々しく感じてしまうのを隠して
いない。原則的な平等思想が、いかに嘘っぽいか、というケースとして面白いと
思いますが、その苦々しさを正当化し、主張するときに、一つの根拠としてあの
アダムとエバの神話を持ち出しているということです。パウロにとって、あの神
話が先にあったのではない、ということは、完全変態さんのおっしゃるとおりで
しょう。ですが、あの神話には少なくとも、その根拠の一つとされるだけの「ス
キ」があったとは言えるでしょう。
さて、ここから先は、はじめに書いたように、自分のことをもう一度振り返っ
てみたいな、というところに関係する部分ですので、確固とした主張でなく、進
行形であることをお断りして、敢えて書いてみます。
無意識についての記述は、ご指摘のとおり、荒っぽかったですね。
>Jobさんは、“女のようだ”と他者から言われる事が、“たまらなく嫌であ
>った”わけなのでしょ? それなら反動によって他者から男性として扱われる
>ようにと、力強さなどを身に付けようと欲するのが相場であり、現在に至って
>は男臭さがムンムンしていても不思議ではありません。
その通りでしょうね。多分、そうやって一人前の男性が作られていくのでしょ
う。ですが、人によって個性がありますでしょ。他者を納得させられるだけの
「男臭さ」を身につけることに、人一倍苦労する男もいるということです。それ
は、幼児期の親の態度とか、モデルとしての父親の問題とか、顔立ちがたまたま
美しかったとか(あはは(^^;)、いろいろな要素が絡み合っていたことなのだろ
うと、今にして思う、ということです。「無意識」というまちがった表現で言い
たかったのは、そのへんです。
で、あるとき私は、それならばと、男らしくあろうとすることをやめてみよう
と思ったのです。
気がついてみれば、しょうもないとこばかりが、男らしく育ってしまっていた
自分に気がついたからです。料理ができない、気がつかない、お尻が重い、てな
とこにはじまって、女性を人間として見るより先に、情欲を抱いて、品評するよ
うな目で見てしまう、セックスにおいても一方的に「する」側でないと気がすま
ない、つまり、「される」ことの快感に身を委ねられない、などなど。
だから、「少年愛」うんぬんも、「やめてみよう」という努力の成果なのです
よ。おっしゃるように、自然にやってるということではありません。
そのことが、人間としてトータルに成熟しようという方向にいくよりも、自分
の弱さを正当化しようという方向にいっていたかもしれないなというのが、私の
今の反省ではありますね。そのために、性差別についての学びをしていたとした
ら、女性たちにあやまらなくてはいけません。
ま、珍しがられようが、なにしようが、もう一度「男臭さ」を身につけようと
努力しようなんては思いませんけれども、少なくとも、安易に人を「男根主義者」
よばわりするのは、やめようと思います。完全変態さん、どうもすみませんでし
た。<(__)> パウロのように、原則平等主義者であったのは、私だったかもしれ
ませんね。
Job
ps.みもも、ほとんど何がいいたいのかわからないような文章かもしれない。
(^^; ともかく、いろいろ考える機会にはなっている、ということでして、
完全変態さんのような「歴戦の勇士」でない私としては、いい勉強になっ
ています。おお、忘れていた。ということで、今年もよろしくお願いいた
します。<(__)>
#2910/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/ 5 13:52 (185)
何を述べているか理解しているのですか>Job 完全変態
★内容
RES:2888
> それと、創造神話のことですが、イデオロギーの影響を受けているのではない
>か、と私は書いたのであって、イデオロギーからもたらされているので、無意味
>だとかいうつもりはありませんよ。
> 原罪については、私なりに考えるところがありますが、何にしても、あの神話
>が事実でないなら、そこから何も学べないというふうには思いません。
> 批判的に読むというのは、この話のこういうところは、男性社会のイデオロギ
>ーの影響を受けているのではないか、とかいう考察も含むものではないのでしょ
>うか。
Jobさんは己が何を述べているか、理解できているのでしょうかね。創造神話が男性
優先のイデオロギーの影響を受けているのなら、創世記の御話は実際の神(が存在をし
ているとして)の意志に基づくものでは無く、神を出汁にした『作り話』に過ぎないと
なってしまうと言うことです。
アブラハム以前の御話をカトリックでは“お伽話”と表明をしているわけですが、プロ
テスタントは事実だとしているのでは無かったのですか? 同じプロテスタントと言え
ども、総ての宗派の見解が一致しているとは思いませんが、Jobさんの所属する日本
キリスト教団では、どのような“公式見解”を表明をしているのでしょうか?
Jobさんは神が人を造った経緯の記述内容、「男の肋骨から女を造った」事から導き
出される、『女は男の肋骨一本分しか神と似ていない』ということを認めるのが嫌さに
、男性社会におけるイデオロギーの影響を受けた結果だと主張をしたいのでしょうが。
またパウロの件(1コリ11・1ー16)も同様で、女性が男性よりは低い(或は低級
な)位置に置かれているというパウロの主張をを受け入れるのが嫌さに、これまた否定
を行おうとしているに過ぎないというわけです。
Jobさんは“田川建三”氏の意見である、男性は子供を作れないから何とかという物
を資料として掲げたわけですが、あなたは“田川建三”氏がどんな人物かご存じなので
すか? 彼は神学校を放校になった人物であり、放校になった事を怨みに思っているら
しく、キリスト教的解釈にケチを付けた“独自の解釈”を書籍として表しているのです
よ。仮にもキリスト教の牧師であるJobさんが、反キリスト教的解釈と言える田川建
三氏の主張を用いるのは何故ですか。それは最前から私が述べているように、聖書の記
述内容の内、『女性が男性より低く扱われている箇所を否定したい』ために、神よりの
教え(或は神の意志)とされる事まで否定しようと、やっきになっているとだけだと言
うしかないですね。
Jobさんは思想及び信仰とは、何か解っておられないようですね。宗教的思想という
もんは、他の思想とは異なり『特殊な部分』があるということです。これは私が既に呈
示をしました(Jobさん宛とは限らない)、“この世の事というより、あの世(来世
・天国)での至福を重要視している”事に関係をして、【絶対譲れない事柄】が存在を
していると言うことなのです。マルクス・レーニン主義という思想などは、この世での
至福に関っていますので、時流によって変化させないと現状に即しない部分はあります
けど、【変化させては意味を失う】事柄もあるのです。つまりこの部分を変化或は放棄
してしまおうものなら、良くて「異なる思想」であり、下手をすれば思想と呼べるもの
で無くなってしまうと言うことです。
キリスト教思想を受け入れて信仰を行なうのであれば、神の意志とされる事柄を【丸ご
と受け入れる】ことが肝要で、Jobさんのようにご自身が気に入らないからと言って
棄却をしてしまうのなら、信仰とは縁の無い人と言うしかありませんね。ですから方向
性としては、聖書の記述内容(例えばパウロの主張)の意味を自分なりに把握をして「
自己の観念に植え付けた後」、観念に添った行動を行なう事こそ思想的行動と言える事
柄なのです。
> その通りでしょうね。多分、そうやって一人前の男性が作られていくのでしょ
>う。ですが、人によって個性がありますでしょ。他者を納得させられるだけの
>「男臭さ」を身につけることに、人一倍苦労する男もいるということです。それ
>は、幼児期の親の態度とか、モデルとしての父親の問題とか、顔立ちがたまたま
>美しかったとか(あはは(^^;)、いろいろな要素が絡み合っていたことなのだろ
>うと、今にして思う、ということです。「無意識」というまちがった表現で言い
>たかったのは、そのへんです。
Jobさんは“己が男性であることを受け入れるのに苦労をしていた”のでは無かった
のですか? つまり他者から何を言われたところで、男性であることに“変わりが無か
った”なら、自身が受け入れるのに苦労をする必要が生じないということです。男性で
あることを受け入れるのに苦労をしたとするなら、『Jobさんは一時期女性だった』
事があるとなるのですがね。
表立った実例はあまり聞きませんけれど、学術書を読むとJobさんの申し立てに該当
をするような事柄が、現実には生じているのです。それは生まれたときは女性(或は男
性)として認知されたが、後に男性(或は女性)であることが判明したと言うものです
。つまり性別判定を行なう場合、“外部生殖器”の形状が奇形を伴っていた為に、逆の
性別として判定されてしまったと。名称は半陰陽というのですが、幼児の段階なら影響
は少なくても、思春期に至った時点で初めて“判定間違い”が解れば、悲劇と言うしか
ない事態が生じるわけです。
それまでは周囲の者も本人も己が女性(或は男性)と思い込んでいて、女性らしさ(或
は男性らしさ)を意識せずに身に付けていたのが、女性と思われているにも関らず初潮
が訪れないどころか、クリトリス(に相当)が肥大してくればびっくりするでしょう。
又、男性だと思っていたのにホーデン(に相当)の間に血溜が現れば、これまた病気だ
と思ってしまうでしょう。
で、このような場合本人及び家族の希望が重要視され、女性として生きて行くのかそれ
とも男性なのかが決定をされ、手術を受ける事になるわけです。肉体的には整形で事が
足りたとしても、問題は本人の意識の切り替えなんですねえ。生まれた時点に判定がさ
れた性を選択した場合はまだ別でも、逆の性を選んだ場合には、Jobさんのように“
己が男であることを受け入れるのに苦労をする”ことになると。Jobさんがこのケー
スに相当をするのなら、Jobさんの申し立てにあった「気が付いた時には異性愛者で
あった」という事が、大嘘になってしまうと言うわけですね。(^_^)
そして他者から“女々しいやつ”とか“おかま”と言われた理由が、明らかにもなると
いうことですが、実際のところはどうなんです?
又、幼年時代において無意識に植え付けられたものは残りますので、肉体上は“異性愛
”であっても、精神的には“同性愛”と替わらないとも言えると。
しかしこの線は薄いと言えます。それは、
> で、あるとき私は、それならばと、男らしくあろうとすることをやめてみよう
>と思ったのです。
> 気がついてみれば、しょうもないとこばかりが、男らしく育ってしまっていた
>自分に気がついたからです。料理ができない、気がつかない、お尻が重い、てな
>とこにはじまって、女性を人間として見るより先に、情欲を抱いて、品評するよ
>うな目で見てしまう、セックスにおいても一方的に「する」側でないと気がすま
>ない、つまり、「される」ことの快感に身を委ねられない、などなど。
> だから、「少年愛」うんぬんも、「やめてみよう」という努力の成果なのです
>よ。おっしゃるように、自然にやってるということではありません。
の中の“料理が出来ない”“気がつかない”“女性を人間として・・”てのは、「女性
側からの目」と言うしかないからです。小さいときから男として育てられているのなら
、料理が出来ない事を恥と感じることも無いし、途中から男性に替わったのでしたら多
少の料理が出来ても不思議ではありません。“気がつかない”というのは、男と女の視
点が異なる故に「気付くところが異なる」だけです。
“男らしい”というのは外見と言うより、中身(つまり精神的)なんですが。Jobさ
んが他者から言われた「女々しいやつ」も、精神的な事に由来をしているわけですし、
似たような言葉の「男らしくない」も精神的な事柄だと。女性を情欲の目で見る事や、
能動的セックスが「男らしさの由縁」とJobさんは言いたいのでしょうが、これは男
らしさではなく「男の性(さが)」と言うべき事柄なんですよ。男性なら“男らしさ”
が内面性に比重が置かれていると解っており、Jobさんのような申し立ては行わない
はずですけれどね。
もっとも“女らしさ”は外面が重視されているという事から、素直に当てはめてしまえ
ば、男らしさも外面にあると思ってしまうかもしれませんねえ。それとも女性の目から
みる男らしさというものは“外面重視”であるので、これまた素直な気持ちから述べて
みたと言うのでしょうか? いずれにしても男性なら己の事なので間違わないはずですが
、“女性の精神を有した”Jobさんですから当然の結果ということですね。(^_^)
> だから、「少年愛」うんぬんも、「やめてみよう」という努力の成果なのです
>よ。おっしゃるように、自然にやってるということではありません。
Jobさんが生まれた時点で男性と認知をされ、男性として育てられて来たのなら、
己が男性としての意識を知らぬまに持ち得てしまうのです。その為に根っからの異性愛
者(つまり気付いた時は異性愛者であった者)なら、
> おっしゃる通り、少年愛の問題はまた別ですね。
> これについては、考えがよくまとまりませんが、まず思うのは、男は能動的に
>愛するものである、という思いこみがあって、しかし、受動的に愛されたい欲求
>もある、というところから始まっているのではないかな、ということです。
> なのに、女の人を対等な相手と見ていなかったために、愛されるなら、少年の
>時代に大人の男の人に、という方を選んだのではないかと。
> 受動的に女の人に愛してもらうこともすればすむんじゃない?という気がして
>しまいます。挿入するのでなくて、導入してもらうというふうにも考えられます
>ね。
> もちろん、異性愛者は、ということですが。
(#2806)
なんて事は言わないのです。
私が少年愛に付いて語った内容は、女性を性愛の対象にしている男性の視点からのもの
だし、Jobさんに“あなたが少年の立場なら”と質問を投げかけてはいないのです。
それにも関らずJobさんが己を“少年の立場に置いて考えてみようとした”のは、女
性の意識を保持しているためであり、常日頃の受動的立場を少年に置き換えてみただけ
だと言うことです。
Jobさんの少年愛に付いての申し立ては、『男性の意識が解らない者』なら、考えて
しまうのだろうという次元に、留まっているのですよ。
“受動的に愛される立場”というものは、子供の時に母親なり父親から愛される場合に
該当をします。成長をしてもなお女性に愛されたいと思うのであれば、同年代や年下の
女性ではなく、「年上の女性」を選べば良いだけです。つまり“愛されたい”という欲
求は“甘えの意識”からもたらされており、“包容力”を相手に求める事に過ぎないの
です。
子供で無ければ(或は性意識が芽生えた後なら)、必然的に相手がセックスの対象にも
なりますけれど、これは何も男にとっては屈辱的な事では無いのですがね。年上の女性
から色事の手ほどきを受け、そして・・・という話は珍しくもありません。又、包容力
を年上の女性に求めるからといって、全てが受動的になるわけでも無いのですよ。
> なのに、女の人を対等な相手と見ていなかったために、愛されるなら、少年の
>時代に大人の男の人に、という方を選んだのではないかと。
なんて考え方は、男とは常に能動的であって、受動的立場に置かれることは無いという
発想からのもので、男性が女性に求めようとしている事が何か解らないために、男性は
女性を性欲の対象としてしか考えてはいないのだと思ってしまったのでしょうね。(^_^)
まあこれはJobさんの意識が、“肉体に根差している”ことの証明にはなりますが。
>この文章、どういうトラップだろう。極めつけの「差別発言」みたいだけど??
>Jobは女のくせに、なかなか論理的な考察をやっとるやないか、というお誉め
>の言葉なのだろうか。それとも、男のくせに論理的に考えられない未熟なやつと
>いうご批判なのだろうか。
> 言わせてもらえば、「快・不快」というのは、ものを考える上で、けっこう大
>事なとこではないかな、と思ったりもします。
> もひとつ。女性は〜、というように、女性をひとくくりにして見てしまうのは
>どんなものかいなと。
“P.S.”はJobさんへの発言と言うより、私の文章を読んでいる他の人達へのもので
す。又、私はJobさんの発言が論理的だとは、少しもお持ってはいません。(^_^)
それは“根拠”が付随してないからです。文章を書くにはある程度の“慣れ”が必要で
すが、その点Jobさんは文章を書くのに、ある程度慣れてはおられるようように思え
る割には、考えの基になっている事が“快・不快”に留まっておられて、主義信条に相
当をするものが見当たりません。
Jobさんには女性が男性と対等に扱われていないとか、男性より差別を受けているの
だと思われているようですが、どのような理由によって現状における男女格差が、生じ
ているのか考えられた事はないのですか。又、何故男性社会が生じたのかを、考察さら
れた事がおありでしょうか。
これに付いての、Jobさんへのご意見を聞かせてください。
完全変態 94/01/04
#2921/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 94/ 1/ 6 10:46 ( 85)
RE:#2910 あなたは二元論の虜ですか?>完全変態さん Job
★内容
完全変態さんの理解の範疇に入らないからといって、どうしても私を無神論者
の女性にしようとするのはやめていただけませんか? あなたの枠組みにはめた
無神論者で女性の「Jobさん」と議論したいのなら、どうぞご勝手にというし
かないですね。
このSIGに参加されている方たちの一部に、どうしても線引きをしないと気
がすまない心性をお持ちの方がおられて、完全変態さんはこのSIGにふさわし
くない、とおっしゃっている。失礼ながら、それと同じような心性をお持ちなの
ではないかと下司の勘ぐりをしたくなってきますよ(^^;。
>アブラハム以前の御話をカトリックでは“お伽話”と表明をしているわけです
>が、プロテスタントは事実だとしているのでは無かったのですか? 同じプロ
>テスタントと言えども、総ての宗派の見解が一致しているとは思いませんが、
>Jobさんの所属する日本キリスト教団では、どのような“公式見解”を表明
>をしているのでしょうか?
日本キリスト教団には、その手の「公式見解」はありません。仮にあったとし
ても、私は承伏しないでしょうが(^_-)。だいたい、そんなの公式見解で決まるよ
うなことでもないでしょうし、私に対して権威を持つのは、私の所属する教会の
役員会ないし総会だけだと思っていますから。
いろんな学説がありますよ。アブラハム以前どころか、アブラハム・イサク・
ヤコブなどのいわゆる「族長物語」も、「作り話」であるとする学説が有力です
ね。で、前にも書きましたが、作り話であれば意味がない、というのは暴論です
よ。「聖書無誤説」を支えているのが、その暴論であることなど、完全変態さん
にはあらためて申すまでもないことだと思います。
だいたい、性差別的な主張をしているから作り話だと、私はそんなことは言っ
ていませんよ。はじめから作り話であると、その上で、その語り手の思想と対話
をしているのです。そして、批判すべきところは批判し、学ぶべきところは学び
と、いわば当たり前の作業をしているのだと思っております。
田川建三氏のことは、よく存じておりますが(向こうは私のことなど知らない
と思いますが(^^;。)、彼の立場がどうであれ、聖書を学ぶことにかけては、
(私など足元にも及ばないとはいえ、)「盟友」であると思っていますよ。
完全変態さんにとって、信仰や宗教というのが何であれ、ご自分の枠に人をは
めて、ご自分の基準で人を無神論者であると決めつけるのは、僭越というもので
はありませんか。そういう決めつけに対して、私もむきになって神を信じている
ということを主張しようとは思いませんけれど、私のような「有神論者」もいる
ということをいったん受け入れて、理解してみようじゃないかという心の柔らか
さを、完全変態さんほどの人ならお持ちじゃないかと思うのですが。
私の性別についての分析も、同じことですね。
同じ男性に性的なアイデンティティに揺らぎを持っているやつがいるのを、完
全変態さんとしては認めたくない、ということではないですか? それを少しで
も明らかにできたのなら、私も自分の「揺らぎ」をさらした甲斐があったという
ものですが。(それをさらすことの危険性は、もちろん覚悟の上でした。)
半陰陽の例をあげておられますが、あの人たちが後に明らかになった肉体的な
性別を選択するのは、まれだと言えます。人間の精神的な性別が、肉体の性別と
は別物であるという何よりの証拠ですね。その人たちのほとんどは育てられた性
別を選択し、肉体の性別を否定します。性的なアイデンティティは、幼い時期に、
後天的に刷り込まれるものなのですね。
で、その刷り込みには、決して二元的な男女ということでは割り切れない揺ら
ぎが起こり得るということです。そして、完全変態さんのごとき、男ならかくあ
るはずだ、という社会からの圧力との間に、葛藤を生じるということがあるので
す。その揺らぎや葛藤は、かなりの個人差がありますから、男性に限って言えば、
女性としての確固としたアイデンティティを持って性転換をはかる人もいれば、
男性としてのアイデンティティを持ちながら男性を性愛の対象とする人もいるし、
基本的には男性としてのアイデンティティを持ち、女性を性愛の対象としながら、
自分の中にある女性性を自覚してしまうというケースだってあるし、もちろん、
男性としての確固としたアイデンティティを持つ人もいるということでしょう。
さて、ここから先は、現象の開陳ではなくて、私の意見です。なぜ「男性社会」
ができあがったかということについてです。
男は女に比べて、全般的な傾向として性的アイデンティティが脆弱なのではな
いか、というのが前提です。
根拠としては、たとえば女性の服装に男性の服装が取り入れられるということ
はよくあっても、逆はあまりないことなんかをあげておきましょうか。ズボンは
もちろん、今のようなスカートもストッキングも、もとは男装だったのですから。
女性は全般に性的アイデンティティが確固としているから、男装を取り入れても
それがゆらがないけれども、男性の方はもともと男装であったものでさえ、拒ま
なければならないほど基盤が危ないのだと考えられないでしょうか。
さてその原因としては、生まれてすぐ女性からお乳をもらうときの一体感から、
人はまず女性として自己を認識する時期があるのではないか、ということがあげ
られるかと思います。
で、その上で、男性が性的アイデンティティを打ち立てるためには、男の方が
優れている、男の方が偉い、男の方が得だ、という神話ないしはイデオロギー、
及びそれを保証してくれる社会システムが必要であったということではないでし
ょうか。
そう考えてくると、たとえば完全変態さんの、自己の男性性に揺らぎを覚えて
いる人間の存在を認めたくないご様子と、必要以上に女性を低く見たがるような
ご様子との相関関係も、説明がつくというものです。
Job
ps.ふーむ、話の成り行き上、「つけあがるなよ」といったレスが返ってきそ
うでこわい文章になってしまった(^^;。文中もし失礼がありましたら、横
綱格(私が勝手に思っているだけですが)の余裕で笑ってお許し下さいま
せ。<(__)>
#2940/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/ 7 20:32 (185)
無神論者が嫌なら、無信教者でどうです>Job 完全変態
★内容
RES:2921
> 日本キリスト教団には、その手の「公式見解」はありません。仮にあったとし
>ても、私は承伏しないでしょうが(^_-)。だいたい、そんなの公式見解で決まるよ
>うなことでもないでしょうし、私に対して権威を持つのは、私の所属する教会の
>役員会ないし総会だけだと思っていますから。
つまりJobさんに権威を持ち得るものは人間であって、“神”ではないと言われてい
るわけですか? そして神なんてもんは言葉の上だけで、認識が出来うるものではない
から、認識できる人間の方を重視しているとも。しかも人間を重視してはいるが、Jo
bさんの“気に入らない事”は、全て棄却をすると言うのでしょ?
私は公式見解で、決まるものだは言っておりません。日本キリスト教団としての“方針
”が定まらなければ、布教に付いては無論のこと、信者からの質問に対して答えること
も、ままならないのではないかと言っているのです。
> いろんな学説がありますよ。アブラハム以前どころか、アブラハム・イサク・
>ヤコブなどのいわゆる「族長物語」も、「作り話」であるとする学説が有力です
>ね。で、前にも書きましたが、作り話であれば意味がない、というのは暴論です
>よ。「聖書無誤説」を支えているのが、その暴論であることなど、完全変態さん
>にはあらためて申すまでもないことだと思います。
> だいたい、性差別的な主張をしているから作り話だと、私はそんなことは言っ
>ていませんよ。はじめから作り話であると、その上で、その語り手の思想と対話
>をしているのです。そして、批判すべきところは批判し、学ぶべきところは学び
>と、いわば当たり前の作業をしているのだと思っております。
Jobさんが私と同じ様に“無信教者”なら、人それぞれの考え方があってしかるべき
だとは思います。しかしJobさんが、日本キリスト教団の牧師であるからには、“信
仰”を阻害してしまうわけにはいかないということです。
聖書の記述がイデオロギーからもたらされていようと、事実に基づいているかどうかを
問わずに、「キリスト教徒としての信仰」を成し遂げるには、『丸ごと受け入れる』必
要があるいうことです。Jobさんがこの世だけでなく、あの世を含む総ての世界を見
通す眼があるというならともかく、あの世(或は死後の事)を重視する宗教思想のどの
部分が妥当であり、どの部分は棄却をしてもよいのだと、どんな基準値によって判断が
適うと言いたいわけですか。
教会の運営に付いては、人間が行なっている事ですから批判の対象に成り得ても、聖書
の記述内容を批判して棄却をしてしまうのならば、キリスト教思想が意味を失ってしま
い、キリスト教とは異なる宗教思想に至るか、それとも宗教思想とは縁のない『世迷言
』が残るだけだということですよ。
> 完全変態さんにとって、信仰や宗教というのが何であれ、ご自分の枠に人をは
>めて、ご自分の基準で人を無神論者であると決めつけるのは、僭越というもので
>はありませんか。そういう決めつけに対して、私もむきになって神を信じている
>ということを主張しようとは思いませんけれど、私のような「有神論者」もいる
>ということをいったん受け入れて、理解してみようじゃないかという心の柔らか
>さを、完全変態さんほどの人ならお持ちじゃないかと思うのですが。
そうです。私には私ならではの、信仰・宗教・有神論・無神論に付いての考えを持って
おり、私の考えに基づいて聖書SIGの面々及びJobさんを、判断しているというこ
とには相違ありません。だからこそJobさんが私の主張に対して、“いや、私は有神
論なのだ”“神を信じているのだ”と反論をされるのは、JobさんにはJobさんな
らではの考え方を、お持ちになっていられるのだろうと推察致します。が、本当にそう
であるならば、何故独自の考えを表明されないのでしょう。
Jobさんの内に考えがあれば表明出来ても、考えた事すら無ければ表明どころか“私
は**だ”と、用語を述べるだけに留まるしかありませんが、こんな程度ならば幼児が
周囲の者たちの、口まねをしているのと替わらないのではありませんか? ですからJ
obさんが、“有神論”“信仰”などについて考えた事が無いのなら、実際は「無神論
者であり、無信教者」でもあるに関らず、ご自身では有神論者及び信仰をしていると『
思い込んでいた』場合も、有りうるとは思われないのでしょうか。
> このSIGに参加されている方たちの一部に、どうしても線引きをしないと気
>がすまない心性をお持ちの方がおられて、完全変態さんはこのSIGにふさわし
>くない、とおっしゃっている。失礼ながら、それと同じような心性をお持ちなの
>ではないかと下司の勘ぐりをしたくなってきますよ(^^;。
線引きと言うよりは、“分別”をして物事を考えてしまうことは、珍しいことではあり
ません。と言うより、生まれてこのかた意識するしないに関らず、“分別”を用いて学
習を行なって来ているということです。モノを認識する場合“大きい・小さい”“高い
・低い”“遠い・近い”のような、「ふたつの内のひとつ」に焦点を定め、他方を比較
する初歩の方法から、膨大な数の事物でも“分別”することによって認識が適うように
なったわけです。つまり事象の認識は『相対的』に行われているわけで、絶対的な認識
が適うと思っている人は、『自己』を勘定に入れるのを忘れているだけとなります。
生物を分別する場合に、科目が用いられている事はご存じでしょう。これは“相違点”
と“共通点”を用いるやりかたで、一見すると異なる人間と猿も“霊長類”という枠組
みにおいては、同じ種類の生物として扱われます。生殖について見てみるならば、単体
生殖と有性生殖に分かれるわけですが、雄と雌が別の個体を有している種類の生物でも
、中には雄か雌か判定が困難、或は両方の生殖器官が備わっていたり、更に生殖機能が
備わってない個体が生まれたりはします。
これらはあくまでも生物学的な話であって、人間としてこの世に生まれ、人間の集団の
中で育てられる限りにおいては、「男性或は女性」として定められてしまう事になりま
す。時代や社会背景によって、男性及び女性に求められるものには相違が生じますけれ
ど、肉体的な相違意外に“精神的な相違”が「社会から付与される」とは言えるでしょ
う。
> さてその原因としては、生まれてすぐ女性からお乳をもらうときの一体感から、
>人はまず女性として自己を認識する時期があるのではないか、ということがあげ
>られるかと思います。
これが、よく解りません。赤ん坊がどうして己の“性の認識”が適うのですか?
“性の認識”というものは、おいそれと認識が適うほどの「単純」なものでは無いはず
です。抱かれた時の“感触”から、「柔らかさ・固さ」を感じ取って快・不快の気持ち
を持つと共に、同時に行われた呼び掛けによって“父と母”という、ふたつのモノの分
別が適うようになっても、“性の異なり”に因るのだとは思いもしないでしょう。
母親は己の内から出てきた赤ん坊に対し、ほ乳の行為によって赤ん坊と“一体感を感じ
”て、己が女性であったことに「満喫さ」をおぼえるのだろうとは思いますが、これが
女性の子供に対する『私物化願望』の、基になっているとは言えるでしょう。
子供に物心が付き、“視覚”で事物を分別出来るようになれば、“父の部類”と“母の
部類”に分けて見たり、男性と女性の区分けが“外見上”から出来るようにはなるでし
ょう。又、風呂に一緒に入れば、父と母の“肉体的な異なり”を目にする思います。
そして「己自身と比較」をする事により、己が男性(或は女性)であることを、認識せ
ざるをえなくなります。
ペニスの有無に付いては、子供心にも様々な葛藤が見られるようで、小便をする場合に
男の子は立ったままで、女の子はしゃがんだスタイルで行なうわけですが、中には気に
いらない?女の子がいて、“私もお兄チャンみたいに・・”というわけで行ったまでは
良かったが、結局ビショビショになっただけという微笑ましい話は別にしても、深刻さ
をもたらす場合もあると。
これは外国の文献(翻訳物)からの要約ですが、女の子が私にチンチンが無いのは“切
られてしまったから”と思ってしまったり、逆の男の子が母親の何気ない言葉から、チ
ンチンを切断されて“女の子にされてしまう”を恐怖を抱くようになったとか。これが
無意識にしまいこまれたまま、大人になった場合に“去勢恐怖症”へとも繋がったりす
るのですが、「女は男からペニスを切り取られたものだ」という“子供の考え方”は、
それほど珍しい考え方ではないそうです。但し日本での実情に添うとは言えませんが。
ペニスに絡めて、“僕チャンは、チンチンがある男の子なんだから・・”という形容は
、以前の日本においてはよく言われていたそうですけど。
以上の、誕生してから後の経緯は、Jobさんの
>性的なアイデンティティは、幼い時期に、後天的に刷り込まれるものなのですね。
> で、その刷り込みには、決して二元的な男女ということでは割り切れない揺ら
>ぎが起こり得るということです。
を説明している事にもなりますが、揺らぎが生じるとするならば、素直に己が男性であ
る(或は女性である)事を受け入れるの拒否したい理由があったとなりますけど、幼い
意識を圧倒的に吹き飛ばしてしまう、「根底的な理由」を無視してはいけませんよ。
>女性は全般に性的アイデンティティが確固としているから、男装を取り入れても
>それがゆらがないけれども、男性の方はもともと男装であったものでさえ、拒ま
>なければならないほど基盤が危ないのだと考えられないでしょうか。
媚態・交尾・出産・養育の中で、養育には必然的な授乳の為の“乳房”が、女性のみに
備わっていて、男性は未発達に留まっています。出産については女性の内に胎盤があり
ますから、男性は女性体内での胎児の育成に掛かり合う事は出来ませんが、交尾につい
ては男性も関与せざるをえません。
しかし男性は女性と異なり、生殖に費やす時間は原則として“射精”のみで用が足りる
わけですし、排泄物として放出が必要というわけではなく、また汗のように体温を調節
するための機能とも関りあっていませんので、射精が男性の肉体及び精神的な健康に必
要欠かせざる行為とは言えません。
ですから“性的アイデンティティ”として見るならば、女性は肉体的に“固有の機能”
を有せざるを得なかった関係で、服装に関しては「補助的意味合い」しかもっていない
と見る事はできます。しかし、女性が性的に女性であるためには、「男性に依存」をし
なければならない部分が在るということです。それは先程述べた男性を引き付け(媚態
)、交接を行って受胎をするという目的が達成出来なければ、女性が肉体に保持してい
る生殖機能が全くの無価値に至ると共に、女性の肉体の健康と精神のバランスすら保て
なくなるからです。
>完全変態さんのごとき、男ならかくあるはずだ、という社会からの圧力との間に、
>葛藤を生じるということがあるのです。その揺らぎや葛藤は、かなりの個人差があ
>りますから、男性に限って言えば、女性としての確固としたアイデンティティを持
>って性転換をはかる人もいれば、男性としてのアイデンティティを持ちながら男性
>を性愛の対象とする人もいるし、基本的には男性としてのアイデンティティを持ち
>、女性を性愛の対象としながら、自分の中にある女性性を自覚してしまうというケ
>ースだってあるし、もちろん、男性としての確固としたアイデンティティを持つ人
>もいるということでしょう。
私には同性愛者の知り合いもいませんので、解らない部分の方が多いのですが、Job
さんは以前“気が付いた時に異性愛者であったのと同様に、同性愛者も気付いた時には
同性を愛していたという、話を聞いたことがある”と、述べられたのでは無かったので
同性愛者ならば、男性の肉体のままで男性を愛せる場合、己を女性の肉体形状に整形さ
せてしまおうかと、社会的な圧力を受けるか・逃れようかということから、さまざまな
葛藤を感じるのかもしれませんが、異性愛者なら自己の性的アイデンティティを、確固
として確率を試みようという人は珍しいケースではないのでしょうか? 勿論男性週刊
誌などの広告には、“ペニス増大法”という怪しげなものから、“包茎手術”まで色々
掲載されてますので、男性の場合には男性としての性的アイデンティティが、“ペニス
に集中している”のかもしらんとは思いますけれど、私の場合は人並み程度の持ち物を
持っているつもり(^_^)ですので、特に社会的圧力を感じた事はないのですが。
ですから生まれた時点から男性として育てられ、“気付いたときは異性愛者であった”
というのでしたら、女性としての意識を持とうにも持てはしないということです。ただ
女性と付き合っていけば、女性の考え方は男性とどのように異なるとか、女性が判断を
する場合には、どんな視点から行なっているのかぐらいなら解るようにはなると。
それともJobさんは肉体は男性であるが、女性として育てられた事は勿論、己意外に
男性というものを知らなかったので、女性の意識をもってしまったと言うのですか?
> で、その上で、男性が性的アイデンティティを打ち立てるためには、男の方が
>優れている、男の方が偉い、男の方が得だ、という神話ないしはイデオロギー、
>及びそれを保証してくれる社会システムが必要であったということではないでし
>ょうか。
> そう考えてくると、たとえば完全変態さんの、自己の男性性に揺らぎを覚えて
>いる人間の存在を認めたくないご様子と、必要以上に女性を低く見たがるような
>ご様子との相関関係も、説明がつくというものです。
男性と女性が異なる集団で生活を営んでいたのならばともかく、女性は男性優先の社会
が出来上がってしまう事を、何故「妨害」しなかったのでしょう。Jobさんが根拠と
して示された事は、“仮に存在をしたかもしれない意識”の話であって、男性社会が何
故成立をすることになったのかの、根拠には至ってないということです。別な言葉で述
べるならば、いくら意識が存在をしていても、“発露”させることがなければ実現に至
る事はないはずだという事と、女性は男性社会の成立と「どのように関っていたのか」
ということです。
完全変態 94/01/07
#2953/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 94/ 1/ 8 23:58 ( 73)
聖書>絶対的な基準が必要なのか? Job
★内容
私はそこがわからないのです。
>完全変態さん、Koenigさん。
>つまりJobさんに権威を持ち得るものは人間であって、“神”ではないと言
>われているわけですか?
いえ、そうではないのです。教団は神ではないし、聖書も人間の生み出した書
物であるということです。教会の決定を持ち出したのは、敢えて言えばというこ
とです。もちろん、教会を神より上に置くつもりはありませんよ。教団の言うこ
とよりは、私を牧師として立たせて下さっている教会の皆さんの言葉に耳を傾け
るということです。
しかし、神が認識できない、というのは正しいと思います。神様でさえ、人間
の認識の中に入ったとたん、絶対的ではあり得ませんね。だから、「信じる」の
です。
そのためにでしょうか。宗教は昔から象徴体系を大切にしています。神にして
も聖書の中で、父であったり、盾であったり、岩であったりいろいろな呼び方が
なされています。神はこうだ、と言いきらないところは、聖書の知恵だと思いま
すね。「ありてあるもの」というのも、一切の定義を受け付けないという意味で、
なるほど、と思います。(ヨナさんのお好きなところですね。)
私が宗教家であるというのは、この象徴体系の中においてです。宗教というの
は論理的、科学的にはいいきれない代物だと思いますね。宗教は思想を含みます
が、それだけではないということです。その点プロテスタントは、理屈っぽすぎ
るきらいがあるような気はします。教会に集う一人一人の人生に関わり、通過儀
礼を司る。礼拝には音楽があり、祈りがあります。何より、人の輪があります。
説教には物語があり、喜怒哀楽があり、聴衆との呼応があります。それは独特の
語りの文化であると思っています。それは聖書がどちらかといえば、詩的な文書
であるのと対応します。(私がそれにどの程度成功しているかは、この際、棚に
上げさせていただきますが。(^^;)キリスト教というのは、その(それ以外のも
のも)すべてを含んだものです。
それは、完全変態さんの言葉をお借りすれば、「妄想世界」であり、「マスタ
ーベーション」であるかもしれません。ですが、仮にそうだとしても、宗教とい
う「妄想」には人を動かし、癒し、活かす力があると思っています。それはなか
なか侮れない力であるから、制御が必要です。一人歩きした宗教が何をやらかし
てきたかは、再三申してますように、歴史を見れば一目瞭然ですね。だから、聖
書との対話(取捨選択とは少し違います。敢えて言えば、「反面」ということも
含んだ教師としてかな)、及び現実の生活からのフィードバックが不可欠である
と思います。どういう基準でその正誤を判断するのだ、と言われましても、その
つど判断しますとしか言えません。というか、多少宗教的に言えば、絶えず悔い
改めますということでしょうか。
そんなものなら現代の世界に本当に必要なのか、というご意見もあると思いま
す。しかし、人間という生物が自然界から遊離した存在である以上(私はこれが
「原罪」だと思っていますが)、言語と同じくらい、宗教を持つのは必然ではな
いかと思えます(それが自身を「宗教」と呼ぶかどうかは、まったく別ですが)。
ならば、キリスト教が人類に貢献できる部分は、まだまだあるだろうということ
です。いんにゃ、そんなええもんでなくて、これだけのことをしてきたからには、
その経験と反省を活かさないことには、人類に申し訳が立たないという方がいい
かもね(^^;。
と、何にしても、これは大風呂敷すぎますね。少なくとも、私がこの町で(急
にミクロな話にやるやつ)牧師をしているのは、必要とされていることなのだろ
うと思います。というか、必要とされる牧師でありたいというのが本当かな。
Job
ps.このへんの議論と、性差別についての議論とは、一応分けませんか?
もちろん、便宜上ということですが。
pps.>Koenigさん
そうそう、ヨブ記はおもしろいですよ。しんどい書ではありますが。
Jobは英訳で、読みはじょぶであってます。でもヨブと読んで下さっ
てもいいし、ジェイオゥビィでもなんでも、私のハンドルについてはご
自由にお読み下さい。じょぶと読むと、なんとなく、忙しそうでしょ(^^;。
それに、旧約には他にも、そう捨てたものでもないところがけっこう
ありますよ。
どう読むか、という問題にもなりますが、確かに、合衆国のベトナム
戦争遂行を支えていたりしたのは記憶に新しいところだったりしますけ
れど。(旧約がどうのでなくて、湾岸戦争の時、ビリーグラハムが大統
領のところへ行って祈った、てな話もありましたね(`_')。)
ppps.げげっ!!いきなり3位ですか(^^;。そんなに書いたっけ??
オメガさん、こちらこそよろしくお願いします。<(__)>
#2954/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 94/ 1/ 8 23:59 ( 93)
性差別>性的アイデンティティの揺らぎ Job
★内容
赤ん坊が性の認識をしているというのは、どこまでいっても仮説の域を出ないで
しょう。ですが、男性の方が性的アイデンティティが脆弱である、という現象が
確かめられれば、その説明として説得力を持ってくるように思えます。少なくと
も、母親が女性であったことを知るのは、ずっと後のことであるとしても、人生
の初めに彼我の区別のない意識の中で自分であると思っていたものと、別の何者
かでなければならないという圧力は、男の子の方によけいにかかってくる、とい
うことは言えるのではないかと思えます。
ペニスについての考察は、フロイトか誰かが言ってることじゃなかったかと思
いますが、むしろ逆ではないかと思えたりします。つまり、男の子に去勢恐怖の
ような意識はあっても、女の子におチンチンが生えてくるというような恐怖はあ
まりないというのは、むしろ男の子の方が自己の性別について不安定であること
を示しているのではないかと。ですから、「第二の性」というのは、むしろ男性
の方ではないかと思えるのです。
最近、幼児教育の現場において、女の子に比べて男の子は元気がない、という
話を聞いたりしますが、これは男性神話が崩れてきているために、男の子らしく
あらねばならないという無理が、単なる無理となって男の子を意気消沈させてい
るのではないかと思えてなりません。無理をして男の子らしくあっても、うまい
汁は吸えそうにない、というのを子供心に敏感に感じているのではないでしょう
か。今、過渡期だと思います。これからどうなっていくのか、どうなるのが男に
とっても幸せなのか、そろそろ男も考えなければならない時期にきていると思い
ます。
>同性愛者ならば、男性の肉体のままで男性を愛せる場合、己を女性の肉体形状
>に整形させてしまおうかと、社会的な圧力を受けるか・逃れようかということ
>から、さまざまな葛藤を感じるのかもしれませんが、
あ、これは誤解です。性転換をはかる人は、大部分、異性愛者であると言って
いいと思います。女性を愛するという意味ではなくて、自分が女性であると思っ
ているという意味で。彼女達は、異性として男性を愛します。同性愛者は、男性
としての意識を持ちながら、男性を愛しますから、同じゲイという言葉でくくら
れていますが、別の座標軸で考えなければなりません。ソフトゲイ・ハードゲイ
という言葉で区別されることもあるようですが。ま、これとても、そう単純な話
でなくて、「ハードゲイ」のカップルでも、便宜上かある程度の意識の揺らぎを
伴ってか、どちらかが「おねぇ役」を演ずるということがなされたりはします。
そこに、また少年愛のようなことが加わったりして、ゲイの世界も幅が広いもの
です。
何にしても男性としての意識を持つか、女性としての意識を持つか、という座
標軸と、男性を愛するか、女性を愛するかという座標軸は別に考えた方がよさそ
うです。
そういう地図のどこかに、私のごとき人間もいるのですから、しようがありま
すまい。そんなに珍しいのでしょうか?? 確かに少数者ではあるのかもしれま
せん。ですが、何度も申しますが、事実として、私は男性の肉体を持って生まれ、
男性として育てられ、気がついたときには自分を男性だと認識しておりましたし、
女性を性愛の対象としておりましたが、同時に、女の子といっしょに遊ぶことの
方が多かったり、男の子らしい遊びが苦手だったりということのせいだったので
しょうが、女みたいなやっちゃなぁ、なんて言われることが多かったし、自分で
もそれがいやでありながら、しかし女になってみたいと思う自分がいたり、なぜ
自分は男なんだとそれを怨んでみたり、逆になかなか男らしいと評価されない自
分にいらだってみたり、というような内外からの揺らぎを持っていたということ
です。そんなやつ、クラスに一人や二人はいませんでしたか(^^;??あるいは、
なんだ、その程度なら、おれもそうだぜ、という方はおられないのでしょうか。
ま、完全変態さんにしても、その地図の最右翼におられるらしいということで
あって、それが「ノーマル」であるというのは、本当にあくまでも数の上で多数
者であるということでしかないのだと思いますよ。
>男性と女性が異なる集団で生活を営んでいたのならばともかく、女性は男性優
>先の社会が出来上がってしまう事を、何故「妨害」しなかったのでしょう。J
>obさんが根拠として示された事は、“仮に存在をしたかもしれない意識”の
>話であって、男性社会が何故成立をすることになったのかの、根拠には至って
>ないということです。別な言葉で述べるならば、いくら意識が存在をしていて
>も、“発露”させることがなければ実現に至る事はないはずだという事と、女
>性は男性社会の成立と「どのように関っていたのか」ということです。
はい、その通りだと思います。男性側の動機としては、そう考えたら説明でき
るのではないかということしか書きませんでした。
ある集団が、ある集団を支配し差別するようになるのは、おもいっきり本質的
には歴史の偶然であるとしか言えますまい。とはいえ、古今東西、圧倒的に男性
社会が多いというのは、これも偶然と言えば言えることですが、妊娠及び授乳と
いう女性の側の特質が制限として働いたことに由来するところが大きいのだと思
います。それと、先に上げた男性の側の動機とが、うまく合致したと。
ですが、偶然はあくまでも偶然でして、実際少数ですが、男性性と女性性が私
たちの通念と全く逆である文化も存在します。どこであったかは忘れましたが、
どこかのいわゆる「未開社会」では、男が家を守り、女が外で働きます。女の方
が強くたくましくからっとしていて、男は依存的で女が守ってやるものだと思わ
れていたりします。社会を動かすのは女で、井戸端会議をするのは男です。女の
子が木登りをしたり、男の子をいじめたりし、男の子はいじめっこやーねと、め
そめそ泣いたりします。平均身長も女性の方が高いようです。
そういう社会で、妊娠や授乳がどう理解され、どういうふうにそれがなされ、
また、性的アイデンティティがどう形成されるのか、興味は尽きませんが、残念
ながら私はそこまでの資料は持っておりません。それを考え出すと、ますますわ
けがわからなくなる、というのが正直なところでして、この社会の例は、むしろ
私の考えの反証となったりするかもしれません。
しかし、男と女のことについて、私たちが当たり前だと思っていることの多く
は、実はそんなに当たり前でもない、ということは確かに言えることではないで
しょうか。
Job
PS.なんだか、このところ私の方が変態みたいで、完全変態さんの方が牧師ら
しかったりしません?(笑)
#2985/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/10 23:18 (197)
RES:2953 象徴体系ねえ(^_^)>Job 完全変態
★内容
> いえ、そうではないのです。教団は神ではないし、聖書も人間の生み出した書
>物であるということです。教会の決定を持ち出したのは、敢えて言えばというこ
>とです。もちろん、教会を神より上に置くつもりはありませんよ。教団の言うこ
>とよりは、私を牧師として立たせて下さっている教会の皆さんの言葉に耳を傾け
>るということです。
> しかし、神が認識できない、というのは正しいと思います。神様でさえ、人間
>の認識の中に入ったとたん、絶対的ではあり得ませんね。だから、「信じる」の
>です。
“敢えて言えば神より教会を選ぶ”と、主張したいわけでしょ? それは牧師という立
場に居る事が重要だという理由で。
私が述べているのは、神と教会のどちらが上に立っているのか?と、いう事ではありま
せん。Jobさんが教会と神のどちらかを、選択しなければならない時に、どちらを選
択するのかということです。更にJobさんにとっては神を、“どんな位置に置いてい
るのか”と絡んでもいると。
つまり
“神とは己にとって唯一無二の存在であり、如何なる存在も神と取り替えることは出
来ず、神を捨てよと迫られるのであらば、己の命を捨てでも神を守りとおす事を選
択するものなり。”
という決意を、己の内に抱いていてこそ信仰であって、神を出汁にして他の欲求を見た
そうと思うのは、信仰にあらずして信仰もどきの域を出ないということです。
だから、神の認識が適うかどうかでは無くて、認識が適わなくても神という自己の内に
内在する“観念”を、どれだけ重要視しているかによって、何を選択するかにも相違が
生じるのです。そして不可知であっても、神が存在をしているという“信念”の基に、
この世の規範や他者の声を重視するよりは、己の『観念に添った行動』を行なう事が思
想的行動であると言っているのですよ。
とは言いましても、“思想”という用語は知っているものの、思想自体の理解どころか
想像すら無理なJobさんでは、到底縁の無いことだとは言えますけれどね。(^_^)
> そのためにでしょうか。宗教は昔から象徴体系を大切にしています。神にして
>も聖書の中で、父であったり、盾であったり、岩であったりいろいろな呼び方が
>なされています。神はこうだ、と言いきらないところは、聖書の知恵だと思いま
>すね。「ありてあるもの」というのも、一切の定義を受け付けないという意味で、
>なるほど、と思います。(ヨナさんのお好きなところですね。)
Jobさんは“象徴”とは何か解って、述べておられるのですか? それともこれまた
Jobさん流の解釈で、象徴を捉えておいでなのでしょうか。象徴をシンボル、更に“
飾り”として捉えられているだけなら、その人に取っては“猫に小判”と言うしかあり
ません。また父、盾、岩は“神の別名”でも無ければ、“代用としての呼称”でも無い
ということです。
象徴を理解しようと思うのなら、“言語と称される象徴”にスポットを当てて見るのが
、一番手っ取り早いのではないかと思います。自然界の石や草を、“イシ”“クサ”と
発音をした時点が、象徴化の出発点とも言えます。つまり発音がその場だけのものなら
別でも、イシ、クサという発音を聞いたり発する時点で、自然界の“石”や“草”のイ
メージが彷彿されれば(つまり表象)、イシ、クサという発音が自然界の“石”“草”
の「象徴化された姿」だと言うわけです。
そして発声された言葉が、“文字”として記録されるようになれば、“石”“草”とい
う文字が自然界の“石”や“草”の 象徴というわけで、この場合は「文字を用いた象徴
化」と言えるでしょう。最も発音を経て文字に移行したばかりでは無く、自然界の事物
の形状から、直接文字として表されるようになった“象形文字”もありますけれど。
“石”“草”という単純な象徴化が理解できれば、更に高度な象徴化の理解への道を開
く事が適います。
私たちが育ってくる過程において言葉を覚えてくるわけですが、言葉が国語辞典で説明
をされている意味ばかりではなく、それぞれの思いも同時に言葉と関りを持ってしまう
のです。つまり一定の言葉を聞いて、喜び・悲しみを感じるのも、各自の心象が言葉と
結び付いているためで、意識するしないに関らず取り込んで来た結果に因るためと、い
うわけなのです。その為同じ言葉を聞いても、人によって異なる心象が現れる事になり
、様々な悲喜こもごもの出来事が生じたりもすると。
又、勉学をする事によって知り得た事柄を、ひとつの、或は小数の言葉として“凝縮”
をすることにも為りますが、これこそ単純な象徴を、高度な象徴へと変換をしているわ
けで、意識をするまでもなく行なっていると言えるでしょう。
まあ、象徴というもんはこんな程度のものだけでなく、もっと奥深い意味合いや利用方
法があるのですが、素人には知る必要もないでしょう。
>神はこうだ、と言いきらないところは、聖書の知恵だと思いま
>すね。「ありてあるもの」というのも、一切の定義を受け付けないという意味で、
>なるほど、と思います。(ヨナさんのお好きなところですね。)
聖書の知恵では無くて、聖書を編纂した者(或は記述を行った人)には、細かく説明を
しなくても用が足りると思っただけで、当時の状況や神的概念が解らない人には、現代
の己自身に由来する“心象”が、聖書に表されていると愚かにも思ってしまうというわ
けですよ。ですから一切の定義を受け付けないのでは無くて、定義を申し立てる事が適
わないお人は、神という用語は知っていても、神という用語からの心象がお粗末過ぎる
ので、恥ずかしくて述べる事が出来ないだけなのですよ。(^_^)
> 私が宗教家であるというのは、この象徴体系の中においてです。宗教というの
>は論理的、科学的にはいいきれない代物だと思いますね。宗教は思想を含みます
>が、それだけではないということです。
つまり、“神棚の前で語り合う”“神を神輿として担ぐ”“神を型どった玩具の販売”
を旨とする人が宗教家であって、教会という集会場で楽しく騒げれば、それで良いので
はないかと言いたいわけでしょ? そして時にはライオンズ・クラブの真似事を行って
、ささやかな満足感を得れるなら、本望だというのでしょうね。
> それは、完全変態さんの言葉をお借りすれば、「妄想世界」であり、「マスタ
>ーベーション」であるかもしれません。ですが、仮にそうだとしても、宗教とい
>う「妄想」には人を動かし、癒し、活かす力があると思っています。それはなか
>なか侮れない力であるから、制御が必要です。一人歩きした宗教が何をやらかし
>てきたかは、再三申してますように、歴史を見れば一目瞭然ですね。だから、聖
>書との対話(取捨選択とは少し違います。敢えて言えば、「反面」ということも
>含んだ教師としてかな)、及び現実の生活からのフィードバックが不可欠である
>と思います。
Jobさんは“言うべき相手(或は述べる方向)”によって、異なる意味合いを持つと
言われていたのでは無かったのですか?“貧しい人達に向かって、貧乏は幸いだ”なん
ていうような事ですが、あれは田川建三氏の著作からの書き写しだから、意味が解って
述べたわけではなく、言葉の並びが気に入ったので用いただけというのでしょうが。
ヨナさんとの話は、昨日今日からではありませんので、ヨナさんに対しては適用が出来
ても、他の状況において通用するというわけでも無いのですが。Jobさんのように用
語の意味を把握できず、文章の流れによって“用語の意味合いが変化”する事の理解も
無理では、どうしょうもありませんね。
“妄想”が人を動かすのではなく、“夢を現実化”させようと行動に駆り立てられるの
であって、夢とは人それぞれの“観念”に基づいており、肉体的満足を欲するのか、そ
れとも精神的満足を欲するのかによって内容は異なって来ます。
つまり“腹いっぱい飯を食いたい”という欲求行動は、腹が満腹になった時点で精神的
な満足感を得る(つまり肉体的満足優先型)か、思想的行動であったならば、結果的に
選れらた物質(或は一定の状況)は象徴でしかないということです。つまり真に得たも
のは“成し遂げたという気持ち(精神優先型)”であって、この両者は見掛け上は似て
いても、異なるものだという事です。
又、宗教が一人歩きをしたからでは無くて、他者(或は他の思想・信条)の「存在を容
認しない」という考え方が、キリスト教徒の血塗られた行動の基になっており、その為
自己反省とも縁なくして落ちるところまで、落ちざるをえなかっただけだと。
私の述べている“自己反省”とは、“悔い改めたら許される”という蒙昧事ではなく、
“己の為した事は一生背負い続けなければならない”ということで、イエスが述べてい
た“己の十字架を背負って・・”に相当をしていて、宗教思想に則ればあの世(或は死
後の世界)まで『持ち越し』、そして『死後に裁かれる材料になる』という事なのです
よ。
> そんなものなら現代の世界に本当に必要なのか、というご意見もあると思いま
>す。しかし、人間という生物が自然界から遊離した存在である以上(私はこれが
>「原罪」だと思っていますが)、言語と同じくらい、宗教を持つのは必然ではな
>いかと思えます(それが自身を「宗教」と呼ぶかどうかは、まったく別ですが)。
>ならば、キリスト教が人類に貢献できる部分は、まだまだあるだろうということ
>です。いんにゃ、そんなええもんでなくて、これだけのことをしてきたからには、
>その経験と反省を活かさないことには、人類に申し訳が立たないという方がいい
>かもね(^^;。
> と、何にしても、これは大風呂敷すぎますね。少なくとも、私がこの町で(急
>にミクロな話にやるやつ)牧師をしているのは、必要とされていることなのだろ
>うと思います。というか、必要とされる牧師でありたいというのが本当かな。
人間という生物が自然界から遊離しているわけではなくて、“人間は自然界の一部”だ
と理解出来ない人がいるというだけの話です。つまり“思い上がり”のたまもので、人
間は他の動植物より、物質的な進化の頂点にいるとは言えても、人間が他の動植物(自
然も含む)を支配する立場にいるわけではないと言うことです。
Jobさんは、日本キリスト教団では女性が2/3だが運営では逆転とか、女性を同等
と見れない、更に差別が何とかと唱えるのがお好みのようですが、それならば牧師とし
て常日頃から、差別を無くそうと心掛けておられるのでしょうね?
生物の分別では“科目”を用いており、“共通点”と“相違点”とで分けるわけですが
、“差別とは何か?”が理解出来ていなければ、相手に求めようにも曖昧さを払拭出来
ないのですが、Jobさんはどのようなものだと思われているのでしょう。
私のいうところの差別とは、
1)“共通する部分”に着目をしているにも関らず、異なるものとして扱う事。
ですから、“相違する部分”に着目をして、素直に分別するのは差別ではないのです。
無論、“共通する部分”に着目をして、同じものとして扱うのも差別ではありません。
しかし差別には、もうひとつの形態があります。それは、
2)“相違する部分”に着目しているにも関らず、同一のものとして扱う事。
ですが、差別と呼ばない人はおりますけれど、言うなれば「差別の逆転現象」となるか
と思います。
日本国憲法には“男女は法の下に平等である”と唄われておりますが、そこは、ほれ、
男性社会ですから“建前”だけに留まっている部分も在りまして、女性が真に差別をさ
れているのでしたら、男性としても協力をしなければいけないだろうと思います。しか
し女性が差別をされる事を受け入れていると共に、男女同一の扱いを望んでいないとす
るならば、男性が先走りをしても女性に怨まれてしまうだけですので、第一に女性側か
ら“差別撤廃”の姿勢を表して貰わなければなりません。
その為には、最初から困難な事を目指すのではなくて、身近なところから始められたら
良いかと思いますので、私が幾つか教授をさせて頂こうと思います。
ちょっと街に出ますと看板が溢れているわけですが、これらの看板の中には“女性は半
額”とか、“女性優遇”と書かれているものもたまにあります。何十年前ならいざ知ら
ずとしましても、今や女性が仕事を持っているのは不思議でもなく、又、専業主婦とい
うのも珍しくて、パートで金を稼いていられる人の方が、大部分ではなかろうかと思い
ます。
しかし“女性が半額”というような看板を掲げている店に乗り込み、“あんたとこは女
性を侮っているのか!”と述べるのは、大人げない行動とも言えますので、女性の方が
たまたま利用をしなければならなくなった場合には、理由を話して男性と同額を支払う
のが良いかと思います。
女性が男性と付き合う場合に、食事代金やホテル代を、男性が支払う場合が多いのでは
ないかと思いますが、このような場合、幾ら男性と親しいと言っても、割り勘を申し出
るべきでしょう。先程述べた“経済的理由”にも関係をしますが、要は“売春の一形態
”とも言えますので、結婚をして同一の家計を有しているならともかく、それ以外の場
合は割り勘と言うことですな。ですから男性も協力をしてあげて、女性側から申し込み
があれば、素直に受け入れてあげるべきでしょう。
女性がこれらの事を実践するようになれば、男性側も“女性は口先だけではない”と思
うようになるかもしれませんので、男性も女性を殊更“手の掛かる相手”だとは、思わ
なくなるかもしれません。
男性に女性の気運が伝われば、国家に協力を願う事も可能になるわけで、その手始めと
して、“強姦罪”の廃止を訴えると。強姦罪は封建制度のなごりで、女性の肉体が“財
産価値”して見なされていた為に、“損害賠償”を求める事にも繋がるわけですが、女
性の意識が向上し(てるはず?)た今では、男女同一の精神に則って、“強制ワイセツ
罪”で事足りるのですから、強姦罪が存在をする意味が無いと、Jobさんは女性信者
を引き連れて、法務省で弁論をまくしたてる事も出来ると思います。
後は“売春防止法”もありまして、女性の性意識も高まった(?)今日では、売春に暗
いイメージを押し付ける事はなく、又、貧困の為に“春を売る”ケースも少ないと思い
ますし、何よりも“女性の肉体を物扱い”している法律でもありますので、これほど女
性に恥辱的な法律も存在しないという理由から、Jobさんは女性信者は勿論男性信者
も引き連れ、同様に法務省で弁論を打つと共に、プラカードを掲げて街頭を練り歩き、
署名運動も行なって、これまた法務省に提出をするならば、売春防止法の廃止も決して
夢物語では無くなるのではありませんか?
完全変態 94/01/10
P.S.“差別”についての件は、次回の説教で用いられても構いませんよ。(^_^)
#2984/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/10 23:13 (179)
RES:2954 男性と女性の相違>Job 完全変態
★内容
>赤ん坊が性の認識をしているというのは、どこまでいっても仮説の域を出ないで
>しょう。
Jobさんは“仮説”とは、何かお解りになっておられるのでしょうか? 信仰・思想に
付いても同様でしたが、あなたは自分で解ってはいない事柄でも、“特定の用語”を文
章中に散りまけば、それで用が足りるのだと思っていられるのですか。上記のJobさ
んの申し立てにしてもそうですが、“仮説の域を出ないでしょう”とするからには仮説
がなければなりません。前回Jobさんは
> さてその原因としては、生まれてすぐ女性からお乳をもらうときの一体感から、
>人はまず女性として自己を認識する時期があるのではないか、ということがあげ
>られるかと思います。
と述べられたわけですが、Jobさんにとっては“仮説を披露した”つもりであったの
ですか? ただ思っただけでは仮説と呼べるものでは無くて、仮説として成り立つため
には「示す事柄に付いての論理的説明」が必要なのです。
Jobさんの申し立てに添うなら、“赤ん坊が授乳によって、女性(母親)と一体感を
感じるという根拠”、そして“一体感と己が女性であるという認識の因果関係”を論理
的に筋道だてた説明が、少なくとも必要だというわけですよ。
> ペニスについての考察は、フロイトか誰かが言ってることじゃなかったかと思
>いますが、むしろ逆ではないかと思えたりします。つまり、男の子に去勢恐怖の
>ような意識はあっても、女の子におチンチンが生えてくるというような恐怖はあ
>まりないというのは、むしろ男の子の方が自己の性別について不安定であること
>を示しているのではないかと。ですから、「第二の性」というのは、むしろ男性
>の方ではないかと思えるのです。
フロイトが何を言っているかは知りませんが、私は何かの本に記されていた事を基に話
しているわけでは無くて、私の人生の中での観察・洞察・その他諸々の能力を駆使して
意見を述べているのであり、書籍などは“例証”という材料でしかありません。それに
“男の子の去勢恐怖症”ではなくて、特定の幼児体験が恐怖と結び付いて無意識に納め
られてしまった場合に、大人になってからも無意識からの影響を受けてしまうというこ
とで、総ての男性が等しく持っているとは言っていないのです。
体表から飛び出しているペニスが、切り取られてしまったのが女性であるという“子供
の考え方”は自然であり、また、恐怖と絡み合うとは言えてもですよ、女の子にペニス
が生えてくる恐怖とは、どんな根拠に基づいていると言いたいのですか。Jobさんは
“あまりない”と言われてますが、私はそんな話は聞いたこともありません。何という
書籍に紹介をされていたと言われるのですか?
Jobさんは仮説としても確立を出来ないモノの上に、更に物事を打ちたてようとされ
ているように見えますが、これはJobさんは自己の考えが無いにも等しいために、書
籍からのぶつ切りを、“因果関係”を無視して繋いでみようとしているからと、言うし
かありません。つまり資料という材料を用い、自己の考えの基に“再構築を行なう”の
ではなくて、資料から切り取った材料を、「無目的に積み上げて」いるのと同様なので
す。これでは話の筋も通るわけは無いのですが、Jobさんはご自身の「願望という接
着剤」で、繋ぎとめる事が適うと思っていると言うしかありませんね。
ところで“第二の性”とは、なんのことですか? 作者の名前は忘れましたけれど、そ
ういう名前の書籍があったと思います。内容は、思い出せませんが。
> 最近、幼児教育の現場において、女の子に比べて男の子は元気がない、という
>話を聞いたりしますが、これは男性神話が崩れてきているために、男の子らしく
>あらねばならないという無理が、単なる無理となって男の子を意気消沈させてい
>るのではないかと思えてなりません。無理をして男の子らしくあっても、うまい
>汁は吸えそうにない、というのを子供心に敏感に感じているのではないでしょう
>か。今、過渡期だと思います。これからどうなっていくのか、どうなるのが男に
>とっても幸せなのか、そろそろ男も考えなければならない時期にきていると思い
>ます。
“男の子が元気が無い”ということが、“男性神話”の倒壊と結び付いていると、どん
な脈絡で繋がるのでしょう。Jobさんが述べている“男性神話”とは、何かよくわか
らない部分はありますが、Jobさんの思考形態を追って考察をしてみるならば、“男
性は女性より優秀である”と、いう事なのでしょう。
男の子が何故元気がないかに付いては、現場そのものが解らないので状況も把握が出来
ませんが、昨今の社会情勢や人々の意識構造の変化から推察をするならば、男の子の外
に向かって歩もうという意識が、阻害をされているのではないかと思います。つまり何
でもかんでも禁止、禁止と叫ぶ親達によって、“危険な遊びをしてはいけません”“遊
ぶよりは勉強をしなさい(塾・有名私立学校への入学のため)”という声や、“男女同
一の通学服にも見られる”『画一化志向の増大』によって、男らしくあろうとする気持
ちまで、押さえつけられているからと言えるでしょう。
> あ、これは誤解です。性転換をはかる人は、大部分、異性愛者であると言って
>いいと思います。女性を愛するという意味ではなくて、自分が女性であると思っ
>ているという意味で。彼女達は、異性として男性を愛します。同性愛者は、男性
>としての意識を持ちながら、男性を愛しますから、同じゲイという言葉でくくら
>れていますが、別の座標軸で考えなければなりません。ソフトゲイ・ハードゲイ
>という言葉で区別されることもあるようですが。ま、これとても、そう単純な話
>でなくて、「ハードゲイ」のカップルでも、便宜上かある程度の意識の揺らぎを
>伴ってか、どちらかが「おねぇ役」を演ずるということがなされたりはします。
>そこに、また少年愛のようなことが加わったりして、ゲイの世界も幅が広いもの
>です。
狭義の同性愛と広義の同性愛では、分別方法は異なるとは思います。又異性愛について
も同様だと言えますから、“精神と肉体共に異性愛者”“肉体は異性愛で精神は同性愛
”“肉体は同性愛で精神は異性愛”“精神と肉体共に同性愛”と分別をするならば、最
初の“精神と肉体共に異性愛”のみが異性愛者であり、後のものは同性愛としての三形
態として位置付ける事は適います。
後、傍流としては“精神的には異性愛で肉体は同性・異性を問わない”者、通常「二刀
流」と言うものもありますが、これについては異性愛の亜流として位置付ける事が出来
るでしょう。尚、これらの場合の基準点は、生まれた時点で判断された性別に対してで
す。
同性愛者の気持ちは全く解りませんけれど、幼いときから一定の隔離された場所で育て
られたので無ければ、同性及び異性との肉体形状の比較によって、己が男性なのか女性
であるかの認識が“肉体的”に適います。又、社会的な“男らしさ”“女らしさ”の要
求と伴い、同性との付き合いによって男らしさ(或は女らしさ)を、無意識的に模倣を
してしまう事は無論、男性(或は女性)としての社会的意識も持ち得てしまうのです。
Jobさんは
> そういう地図のどこかに、私のごとき人間もいるのですから、しようがありま
>すまい。そんなに珍しいのでしょうか?? 確かに少数者ではあるのかもしれま
>せん。ですが、何度も申しますが、事実として、私は男性の肉体を持って生まれ、
>男性として育てられ、気がついたときには自分を男性だと認識しておりましたし、
>女性を性愛の対象としておりましたが、
と述べられていますが、私がJobさんの“どんな面”に、女性としての特質を見出し
たのか、未だに理解をされてないのでしょうか。パソコン通信という世界ですから、私
はJobさんの姿や形を目にする事が適いません。ですからJobさんにペニスが備わ
っているのか、或はオ××コが備わっているのかを知りようがないのです。又、女らし
さに相当をする身のこなしを眼にしたり、声を聞く事もできません。更に文章で女性言
葉が用いられているとも言ってはいないのです。
それでも尚かつJobさんに「女性ならではの特質」を見出したのは、“着眼点”“発
想方”“思考形態”並びに、無意識に関る“願望”“コンプレックス”などが、Job
さんの文面に溢れていたからなのです。これに反して男性的特質は微塵程度であり、男
性を模倣しようと思っている女性ならば、表れていても不思議でないという部類だけだ
ということです。
この女性の特質というものは、多少ならば幼いときから見られはするものの、女性が女
性として運命ずけられた時、つまり初潮をひとつの境として次第に顕著さを増してくる
ものなのです。そして先程挙げた“願望”“コンプレックス”は、女性が己を女性とし
て素直に受け入れようとするか、それとも女性である事に抵抗をしようとするか(例え
ば男性と同等として)によって、異なりを見せもするというわけなのです。
> はい、その通りだと思います。男性側の動機としては、そう考えたら説明でき
>るのではないかということしか書きませんでした。
>には歴史の偶然であるとしか言えますまい。とはいえ、古今東西、圧倒的に男性
>社会が多いというのは、これも偶然と言えば言えることですが、妊娠及び授乳と
>いう女性の側の特質が制限として働いたことに由来するところが大きいのだと思
>います。それと、先に上げた男性の側の動機とが、うまく合致したと。
男性側の動機ではなく、“女性側から否定”をしようと思うのなら、男性側の動機とし
て「押し付けたい」理由であったと言うべきでしょうが。男性社会が圧倒的に多いので
あれば、偶然ではなく“必然的要素が在った”と見るべきで、偶然性の結果と見るなら
ば、男性社会と女性社会の数の開きが顕著にはならないはずですよ。
妊娠及び授乳の特質といっても、女性が年がら年中孕んでいるわけじゃあるまいし、老
若を問わず男性が相手をしたというもんではないでしょうが。それに医療が発達をして
いない時代なら、流産もあっただろうし、子供が成長するまでに死んでしまう可能性も
高いのではありませんか? 更に女性が孕んでいたり、又授乳をしなければならなくち
ゃいけないという理由で、遊んでいても食っていける現代とも異なる事を、考慮に入れ
なくてはなりませんしね。
> ですが、偶然はあくまでも偶然でして、実際少数ですが、男性性と女性性が私
>たちの通念と全く逆である文化も存在します。どこであったかは忘れましたが、
>どこかのいわゆる「未開社会」では、男が家を守り、女が外で働きます。女の方
>が強くたくましくからっとしていて、男は依存的で女が守ってやるものだと思わ
>れていたりします。社会を動かすのは女で、井戸端会議をするのは男です。女の
>子が木登りをしたり、男の子をいじめたりし、男の子はいじめっこやーねと、め
>そめそ泣いたりします。平均身長も女性の方が高いようです。
この件だけでも、“妊娠及び授乳という女性の特質”が、意味を失ってしまうのではな
いですか? 又、この未開社会なるものが“狩猟生活”“農耕生活”“漁労生活”のい
ずれであったのか、“外敵の影響(他部族・猛獣・自然災害)”はどの程度であったの
かを考慮に入れる必要があるとは思いません? 同時に男性社会の場合もですが。
私の着眼点はJobさんとは、当然異なります。それは“文化”“文明”に掛かり合う
事でして、それまで地上に無かった事物を作り出して来たのは誰かということです。
女性は男性の“夢”が理解出来ないようで、“男性は子供のようなところがある”とい
う女性の発言にも見られるように、女性は即物的・打算的・現実的だと言えるでしょう
。これに反して男性は“夢想的”“放浪的”とも言えますから、尚更女性は男性を引き
付けてつなぎ留めるのに、苦労が必要となりますね。
男性が夢想的とは言っても、ただ夢を見ているだけで満足をしているわけでは無く、「
夢を現実化させる」のが最終目的なので、どうすれば現実化が適うかと思考に明け暮れ
るなり、失敗にもめげずに努力を重ねなければなりません。
この関り合いを一足飛びに原始時代にまで持っていけば、女性が夢見る事は腹一杯食べ
る事であるのと反し、男性は昨日見た獣を仕留める為に、狩猟用具の改良にあくせくを
しているかもしれません。しかし女性から見れば、従来の方法でも食い物を手に入れる
事が出来ていたという理由で、明日採れるかどうか解らない獲物の事より、今日の食い
物の方を望むのは当然で、男性の行なっている行為を“穀潰し”としか思わないでしょ
う。そして翌日になって、男性が獲物を仕留めて来るどころか手ぶらで返ってくれば、
男を嘲ると共に自分で採った果実を、ひとりで食うものと思われます。
男は女に笑われようとも、すきっ腹を我慢しつつ、更に狩猟道具の改良と、狩猟方法を
考案するものと思われます。そして日が昇ると共に猟に出かけ、体が傷だらけになりな
がらも獲物を仕留めれば、傷を負った体の痛みやすきっ腹を抱えている事も忘れ、己が
為した事に満足感を得るでしょう。
男性が獲物を手にして戻れば、女性は大喜びをするでしょうが、それまで男性を嘲って
いた女性の変貌ぶりを眼にした男性は、食い物しか目に出来ない女性のあさましさを、
憐れんでも不思議ではありません。それと同時に女性の主張を素直に聞いていれば、今
日の獲物を手にする事が出来なかったはずだと思うと同時に、今日より更に素晴らしい
獲物を手に入れようと、努力を重ねて行くでしょう。
で、結論。肉体的満足を欲している女性は、視野が依然として狭いままに留まるのと反
し、男性は精神的満足を得ようと欲するために、それまでは持ち得ていなかった事物を
、実現化しようという「夢を追う」ことにより、結果的に文化・文明が発達することに
なったと。そのために男性社会が生じるのも必然的で、“女性は子供を作り、男性は文
化を作って来た”と言えるでしょう。
完全変態 94/01/09
#2995/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 94/ 1/11 11:58 ( 45)
RE:#2984,2985 土俵ぎわのふんばり>完全変態さん Job
★内容
でしかないかもしれません。もはや、、、。
正直、己の限界を感じます。疲れてきた。議論を投げ出したい思いです。(初
めから議論になんかなってへんぞ!と言われるかな。)いやぁ、大したお人です
ね、あなたは。やっぱ、胸をお借りするのは十年早かったかも(^^;。(きっと、
「十年たとうが百年たとうが、永遠に無理でしょうね(^_^)」、なんて言われるん
やろなぁ(笑))
あ、でもほんと、勉強させてもらってます。思想もなんも理解してへんような
男の相手をしていただいて、感謝しております。
なんて、弱気になっている私ですが、もうちびっとだけふんばってみます(^^;。
さてと、また定義になってへんとの罵りを覚悟で、私なりの差別の定義からい
ってみましょう。
ある集団が別の集団を支配するようになったとき、あるいは支配しようとする
ときに、自分を相手の立場に置いてみるという想像力が働くと、良心の呵責が生
まれますから、想像力が働くのを断ち切る必要が生じます。
差別とは、その必要のために、差異を認識する能力が動員されること。こんな
とこで、どないですやろ? 多分、穴だらけの定義やとは思いますけど。
思い上がりを正当化するための、イデオロギー装置、っちゅうとこかいなと。
さて、文化や文明を作ってきたのは男性だと、その通りでしょう。えらいもん
を作ってしもたものです。自然を支配し、女性も文化よりは自然に近い存在であ
ると認識して支配したんですか。なるほど、思い上がりですね。それを正当化す
るために、己を女性の立場に置いてみるという想像力が、悲しいまでに抑圧され
ている、というのもうなずけます。
なんべんゆうても納得してもらえへんまでに、私が女性的なのだとすれば、そ
れは、己の思想的行動の賜物であると思うて、誇りとすることにさせてもらいま
すわ。私自身は、まだまだ修行が足らんと思てますし、己の未熟さの正当化には
したないなぁ、とかも思てますけど。
教会と神のどちらかを選べ、という場面て、私には想像すらできませんが、教
団の理念よりは、即物的に目の前にいる教会の一人一人を大事にします、という
ことを申し上げたのです。
教会という集会場で、くつろいでもらい、聖書を楽しんでもらい、人生をより
よく生きるきっかけをつかんでもらい、人生の種々の区切りをつけてもらい、て
なことが、少しでもましにできれば、宗教家の私としては、本望ですよ。そんな
ものです。そんなものだけど、私ごときの能力では、かなりの努力が必要なこと
ではあります。牧師って、職種で言えば、しばしば「サービス業」にくくられた
りしますけど、ほんまにそうやろなぁ、と思いますよ。
Job
ps.やっぱり「女性」と議論しても、はじまらんかった、とおっしゃいますか(^^;。
#3011/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/12 16:34 (174)
RES:2995 そりゃ、当たり前だんがな>Job 完全変態
★内容
私は“人間の精神と行動の因果関係”を探求することを旨としているから、精神が何か
解らない者からは、チンプンカンプンな返答しか返って来ない事は承知をしていると。
それでも男性ならば“可能性としては秘めている”ので、本人のレベルに合わせた話を
行なってやることは適うが、肉体次元に近い精神しか有してない“女性には思想・信条
と呼べるものは無い”という理由から、いくら話を噛み砕いてやっても通じないのは致
し方が無いと言えるだろう。
> あ、でもほんと、勉強させてもらってます。思想もなんも理解してへんような
>男の相手をしていただいて、感謝しております。
ほう、まだJobさんは男だと言い張りたいのかね。Jobさんは“若くは無いので毎
晩とはいかないが楽しんでいる”と述べたのだから、己の性について語ることを良しと
しないおやざかな氏とは異なるのだと、いう姿勢を表したとなるのではないかね。又、
“女性を情欲の対象としてしか見れない”のが、Jobさんの男らしさのひとつだと表
明をしてもいたわけだが、私が“男性とペニスとの関りかた”を表した時に、すかさず
Jobさんの体験を披露してもおかしくはないと。
つまり男性として生まれ(誕生時の認知)、男性として育てられ、他の男性から“性別
的な男性として”見られていたのなら、例えJobさんが“女々しいやつ”“おかま”
と呼ばれることが在っても、己が持ち得ているペニスによって「男性であると認識」が
適うということなんだ。
だから、“ペニスの大きさ比べ”“小便を飛ばして到達距離の優劣を競う”“ザーメン
の到達距離の優劣の競い”“マスタベーションの話”“女体の神秘の考察(^_^)”、その
他男性ならではの思い出が、幼少成人を問わずに在ってしかるべきだというわけさ。
しかし女性ならば“オ××コの形状比べ”“生理の血の多さ自慢(^_^)”なんてもんを、
同性同士で行なわない(と思う)という事から、考えても見なかったというのだろうな
。私が男性の性的アイデンティティは、“ペニスに集中しているのかもしれん”と匂わ
したにも関らず、“男性は己の性に揺らぎを感じている”と主張をしたいがために、わ
ざと無視をしようともしたのだろうね。
同性愛者(という気持ちを秘めている者も含む)ならいざ知らず、幼いときからペニス
と共に成長をしてきた(^_^)異性愛者が、自己のペニスの大きさや形状に悩む事があった
としても、己の性について“揺らぎをおぼえる”なんて事は、まずありえないのではな
いかね。それは男性社会に住んでいる男性が、“女性は肉体で稼げる”からという理由
でうらやましさを覚えたとしても、だからと言って己が女性として生まれてこなかった
事を、嘆くなんてケースは珍しいというべきだと。
Jobさんとしては男性と女性との異なりが、肉体的形状のみに留まっていて、それ以
外の事柄については“男女とも同一”のはずだが、男性社会であるという理由によって
、女性が男性より低く(或は劣る)扱われているに過ぎないという思いが在ったと。だ
から、パソコン通信という場を用いるのであれば、相手から女性であるという先入観を
払拭出来ると同時に、“女性と男性は能力的に異なりが無い”と証明できるはずだとい
う思いのもとに、男性を装うことにしたのでしょうが。
しかし、結果はどうでしたか。他の男性ならばいざしらず、私に初期の段階から“女性
ではないのか?”と疑いを持たれたので、男らしさを装うとして逆に墓穴を掘ることに
しかならなかったのですからね。(^_^)
> さてと、また定義になってへんとの罵りを覚悟で、私なりの差別の定義からい
>ってみましょう。
> ある集団が別の集団を支配するようになったとき、あるいは支配しようとする
>ときに、自分を相手の立場に置いてみるという想像力が働くと、良心の呵責が生
>まれますから、想像力が働くのを断ち切る必要が生じます。
> 差別とは、その必要のために、差異を認識する能力が動員されること。こんな
>とこで、どないですやろ? 多分、穴だらけの定義やとは思いますけど。
>
> 思い上がりを正当化するための、イデオロギー装置、っちゅうとこかいなと。
“支配”という用語が、何故出てくるのでしょうねえ。でも、この線に添って話を作り
変えてみると、
男性が女性を支配する(或は“支配しようと”)立場にいる時、良心の呵責が生じる
ため、女性を支配することの“妥当性”を必要とするので、男性と女性の“差異”を
見つけだそうと能力を駆使すること。
となりますか。範囲を拡大した見方に置き換えれば、
A集団がB集団を支配下に置こうと欲したとき、良心の呵責を免れる為に支配の妥当
性を見つけだそうとして、A集団とB集団の“差異”を認識しようと勤めること。
と言えますか。ただ、抽象的な表現を免れないので、先に示した男性と女性の場合とい
う“具体例”の方が良いですかな。“支配”ではなく“保護”という用語に替えれば、
男性が女性を“保護”すべき立場に立たされているとき、“保護”が妥当であるとい
う理由を、女性に示そうとすること。
と言えなくもありませんがね。(^_^)
Jobさんの申し立ての中心を為している事は、“良心の呵責を逃れるために”という
ことだと思いますが、キリスト教の宣教師が宣教のために各地に赴いて、現地に既にあ
った宗教を否定してキリスト教を押し付けた行為を、宣教師は元より本国のキリスト教
徒たちは、良心の呵責を感じていたという事なんでしょうか?
又、アレキサンドリア図書館の焼き討ちや、異教徒を征伐するという目的の十字軍も、
当時のキリスト教徒は“良心の呵責”があるにも関らず、自己の欲望を満喫させること
の方が重用事項であったので、“神は唯一でなければならない”という理由を考えだし
たと言うわけなんでしょうかね。(^_^)
力のある者が天下を掌握して混乱を静め、秩序ある社会を人々に提供しようというスタ
イルは歴史的にも珍しくはなく、必然的に支配される立場の者も生じるわけですけれど
、同じ民族(或は集団)の中で女性が男性に支配をされているという考え方は、Job
さんの“脅迫的意識”からもたらされていると言うしかないですね。
> さて、文化や文明を作ってきたのは男性だと、その通りでしょう。えらいもん
>を作ってしもたものです。自然を支配し、女性も文化よりは自然に近い存在であ
>ると認識して支配したんですか。なるほど、思い上がりですね。それを正当化す
>るために、己を女性の立場に置いてみるという想像力が、悲しいまでに抑圧され
>ている、というのもうなずけます。
Jobさんは人間が“自然を支配できている”と、本当に思っているわけなんですか?
台風のコースをコントロール出来ているわけではなく、冷害が生じないように天候をコ
ントロールすることも出来ず、火山の噴火のコントロールどころか噴火や地震の予知す
らままならないのに、“自然を支配している”とどうして言えるわけなんですか。
それともJobさんはダムを造って、洪水の防止に役立てている程度の事が、自然を支
配している例証だとでも言いたいわけですか? このぶんではJobさんは、“支配”
という用語の意味合い・用いかたすら、解ってはいないというしかないですね。
“己を女性の立場に置いてみる”とは、何を言いたいわけですか。事象が同じでもその
人の意識に何が納められているかによって、感じる事には相違が在ると気付くことが出
来ないだけです。異なるものを同じものだとして意識をしようと思っても、それは“不
幸を招きいれてる”ことと、同じだとは気付くことも出来てはいないのでしょう。米国
の女性とは異なり日本女性は、男性社会の中で“男性に甘え”“己が女性で在ることに
甘え”て、日々暮らしているだけの話じゃないですか。
敗戦後の急激な“女性自立の波”の影響を受けても、米国社会での女性の地位というも
のがどんな“精神風土”に裏打ちをされており、米国女性自身がどんな“意識を抱いて
”いるのかを予想すら出来ず、「女性の自立とは男性に甘える事である」と勘違いをし
てしまうのは、米国のような“個人を基調とした社会”ならではの「自己確立の意識」
を、持ち得ていないからと言うしかありません。
つまり他者に何かをしてもらおうとするのではなく、“己自身で成し遂げる”という気
持ちのことですが、このような気持ちが無ければ現状における己自身の不満が、他者か
らもたらされていると思い込んでしまう事に至るだけなのです。
男性も日本という“集団を基調とした社会”に身を置いているわけですが、己が男性で
あるという意識によって、まだ、己自身で成し遂げようとする気持ちを持っているとい
うことです。これに反して日本女性の多くは、“権利とは人から与えられるものだ”と
いう思いを抱いていると共に、権利を得ようとするには女性側が何を行なう必要がある
かと考える事もなく、ただ欲するという“幼児”もどきの姿を表しているようでは、男
性側からは“女性はしょうがねえなあ”と思われるだけなんですよ。
更に一旦掴んだ権利は、何が何でも手放さないという態度まで表すようでは“だだっ子
”と等しくて、男性からは“何を甘えてばかりいるのかね”と思われることにもなるわ
けですから、これではいつまで経っても日本女性は男性に従属をしていかなければなら
なくなると。つまり現状における男女格差は、女性側の“甘えの気持ち”からもたらさ
れているのであって、日本女性がせめて米国女性のような意識を持ち得るのなら、男性
も一部の跳ねっかえりを除いて、女性を男性と肩を並べるべき存在として扱うようにな
ると言えるでしょう。
> なんべんゆうても納得してもらえへんまでに、私が女性的なのだとすれば、そ
>れは、己の思想的行動の賜物であると思うて、誇りとすることにさせてもらいま
>すわ。私自身は、まだまだ修行が足らんと思てますし、己の未熟さの正当化には
>したないなぁ、とかも思てますけど。
私はJobさんを“女性的だ”と言ったわけではありません。“女性的”と言うのは、
男性ではあるが“女々しい”ところが見られるとか、“男らしくない”という言葉のよ
うに、「精神的に軟弱な部分が見える」時に使う言葉です。もっとも女性に対して“女
性的だ”という言葉も用いるわけですが、この場合には「肉体の形状や動作」に対して
の賛美だということです。
ですからJobさんの場合には、“女性そのものだ”と言っているのです。これは真似
をするにも無理な次元ですので、役者が女性を演じる場合に衣装は無論のこと、女性の
“仕草の模倣”を行なう事により、女性の精神をも表そうとするわけですが、パソコン
通信のような“文字だけの世界”においては、「女性言葉」を用いることしか出来ない
のです。
男性の場合でも“女性は差別をされているのではないか”と申し立てる人はいますが、
己が男性であるという立場から“逸脱してしまう”ことはないのです。というより“逸
脱することは無理だ”という事で、「男性側の視点」に留まざるをえないという事です
。勿論“発想方法”や“思考形態”においても、男性特有のものが表れますし、技量が
お粗末な場合においても、“女性としての特質”が表れることは無いと言うことです。
> 教会と神のどちらかを選べ、という場面て、私には想像すらできませんが、教
>団の理念よりは、即物的に目の前にいる教会の一人一人を大事にします、という
>ことを申し上げたのです。
> 教会という集会場で、くつろいでもらい、聖書を楽しんでもらい、人生をより
>よく生きるきっかけをつかんでもらい、人生の種々の区切りをつけてもらい、て
>なことが、少しでもましにできれば、宗教家の私としては、本望ですよ。そんな
>ものです。そんなものだけど、私ごときの能力では、かなりの努力が必要なこと
>ではあります。牧師って、職種で言えば、しばしば「サービス業」にくくられた
>りしますけど、ほんまにそうやろなぁ、と思いますよ。
“教団の理念”がJobさんに理解が出来ていると、言われているのですか? 私は日
本キリスト教団が、どんな宗教的理念の基に、運営及び活動を行おうとしているのかは
知りませんが、私が教団の運営に関る立場の者だと仮定をしてみるならば、宗教的理念
の理解が出来ない者を、教団の運営に参加をさせようとは思わないでしょう。
日本キリスト教団が存続をして行くためには、宗教的理念に賛同をしてくれている人々
の存在が欠かせず、基盤があやふやであるのならば宗教団体というよりは、ボランティ
ア或は福祉活動の団体と同じになってしまうだけです。教会という現場で信者に相対し
ている牧師や、信者にとっては“宗教的理念”が直接的に関りを持つ事は無くても、教
会という場が設けられているのも、日本キリスト教団ならではの理念に基づいて行われ
ているはずですから、女性の数と男性の数との比率が3:2であるにも関らず、運営で
は逆転をしていると憤慨をする暇が在れば、日本キリスト教団の宗教的理念はどのよう
な所から引き出されているのかと、今一度考えて見られた方が良いのではありませんか
? Jobさんはご自身が“宗教家”だと思われているようですが、言葉だけの宗教家
にどんな意味を見出そうと言うのですか。宗教的思想とは何か解らず、信仰とは精神の
どんな状態かを予想すら出来ず、宗教的理念の意味を見出す事も不可能なJobさんよ
りは、私の方がよっぽど宗教家らしいと言うべきでしょうが。(^_^)
完全変態 94/01/12
#3019/9999 化粧室・トイレ
★タイトル (DVM26833) 94/ 1/13 0:42 ( 86)
RE:#3011 もしかしたら、本気で>完全変態さん Job
★内容
おっしゃってるのでしょうか? 私が女性だと、、、。
まさかねぇ、お遊びでしょ?
完全変態さんの思ってられる男というのは、あなた女性でしょ?、とか言われ
たら、バカにされたと思って怒りだすものだという思いがあって、一種の罵倒の
つもりで、そうおっしゃった(おっしゃってる?)、というのが本当のところじ
ゃないのでしょうか。
ところが私が、よくそう言われたし、昔はいやだったけど今は別にいやじゃな
いよと、男らしくあろうとするのをやめる努力をしてますよと、そんなふうに返
したものだから、同じ男(の異性愛者)にそんなやつがいてたまるもんかといわ
んばかりに、決めつけ(罵倒?)をエスカレートさせておられる、ということじ
ゃないのですか?
私が男であることを認めると、何か都合の悪いことでもあるんじゃないですか?
でも、あくまでおっしゃっるなら、なんだか私も本気で男性であることを証明
したくなってしまいますねぇ(笑)。完全変態さんの論が、私が女性であるとい
う仮定の上に、けっこうマジに打ち立てられているような感じがしないでもない
今日この頃だったりしてみれば、なんとかして私が男であることを証明できれば、
わりとおもしろかったりするのかなぁ。もしそうなら、墓穴を掘ってられるのは、
あなたですよ(^^)。
さて、とはいえ、そこがそれ、パソコン通信の辛いとこではありますねぇ。な
んとか証明できる方法はないものでしょうかねぇ。
たとえ、オフでお会いしてペニスをお見せしたところで、あれは夫でしょうと
かなんとか言われたらそれまでだし(^^)。うーん、困った(笑)。
ふみみ、こんなのはどうでしょう。
えっと、「♀ ♂♂」というのは実名ですよ。あんまりここでは言いたくなかっ
たりするのですが。でも、ま、それもまた証明する手だてがありませんから、ハ
ンドルということでもいいでしょう。とにかく男性名であることは、納得してい
ただけますね。
でもって、私はかれこれ一年近く前から、チアリSIGで拙作のMoukey
というフリーソフトのサポートを始めております。(夏の「闘争」以来、あそこ
からは遠ざかってますが)えっと、当時14番ボード、今は確か6番になってま
す。多分MSGは残っていると思うのですが、必要なら私の方で確認を取りまし
ょう。
問題は、完全変態さんの
>Jobさんとしては男性と女性との異なりが、肉体的形状のみに留まっていて、
>それ以外の事柄については“男女とも同一”のはずだが、男性社会であるとい
>う理由によって、女性が男性より低く(或は劣る)扱われているに過ぎないと
>いう思いが在ったと。だから、パソコン通信という場を用いるのであれば、相
>手から女性であるという先入観を払拭出来ると同時に、“女性と男性は能力的
>に異なりが無い”と証明できるはずだという思いのもとに、男性を装うことに
>したのでしょうが。
という申し立てが、もし本気なのだとしたら、純粋な趣味の領域であるソフトの
サポートの場で、中性的でさえない男性名をことさら名乗る必要性がどこにあっ
たのか、ということを、完全変態さんは説明しなくてはいけない、ということで
す。
もし私が女性であって、かつ「“女性と男性は能力的に異なりが無い”と証明」
したいと思っていたとすれば、きっと「男性を装う」ようなまどろっこしいこと
はしなかっただろうとは思われませんか?
あるいは、一年近くも前から(NIFでの経歴も入れれば、もう少し前から)、
このボードかどこかで男女論争をやらかす日のために、ソフトまで使って、準備
をしてきたのだ、とでもおっしゃいますか? ふーん、そりゃすごいぞ(笑)。
ま、いまだにあなたの決めつけは、お遊びだろうと思っていますので、本気で
証明しようというのも大人げない話ではありましょうが(^^;。
>キリスト教の宣教師が宣教のために各地に赴いて、現地に既にあった宗教を否
>定してキリスト教を押し付けた行為を、宣教師は元より本国のキリスト教徒た
>ちは、良心の呵責を感じていたという事なんでしょうか?
キリスト教徒がやっていることに感じる良心の呵責をはっきり声に出した人は、
歴史上けっこういますよ。そのたびに言われたのが、異教徒は同じ人間ではない
から同情するに値しない、というようなことで、これ、もろに差別意識ですね。
良心の呵責が先か差異の認識が先か、あるいは、支配が先か差別が先か、なんて
いうのは、鶏と卵でしょうが、、、。
>Jobさんは人間が“自然を支配できている”と、本当に思っているわけなん
>ですか?
いえいえ、ちがいます。
完全変態さんが一つ前のところで、男は即物的でなく、夢を持って、文化や文
明を作り上げてきたのだ、とおっしゃったのと、自然を支配しているという思い
上がりを持つ人がいる、とおっしゃったのを、多少邪悪だとは思いつつ、わざと
混同して、矛盾してないかい?、と言いたかったわけなんです。
ほんとにねぇ、自然を支配している、なんて思い上がるのは、たいてい男性だ
し、女性は男性に比べて肉体的に自然に近いから男性より劣っているのだ、なん
てことを言うのも、やっぱり男性ですよ。
Job
PS.ありゃー、けっこう書いたなぁ(^^;。どちらかと言えば、そろそろすっき
り寄り切られてしまいたい私なんですが、ついね、つい(^^;。
#3032/3034 化粧室・トイレ
★タイトル (KCB72984) 94/ 1/14 23: 6 (192)
RES:3019 パソコン通信の特殊性>Job 完全変態
★内容
> 完全変態さんの思ってられる男というのは、あなた女性でしょ?、とか言われ
>たら、バカにされたと思って怒りだすものだという思いがあって、一種の罵倒の
>つもりで、そうおっしゃった(おっしゃってる?)、というのが本当のところじ
>ゃないのでしょうか。
> ところが私が、よくそう言われたし、昔はいやだったけど今は別にいやじゃな
>いよと、男らしくあろうとするのをやめる努力をしてますよと、そんなふうに返
>したものだから、同じ男(の異性愛者)にそんなやつがいてたまるもんかといわ
>んばかりに、決めつけ(罵倒?)をエスカレートさせておられる、ということじ
>ゃないのですか?
> 私が男であることを認めると、何か都合の悪いことでもあるんじゃないですか?
何をたわけた事を言っているのかね。“無意識”についてチンプンカンプンな返答を寄
越したJobさんが、無意識はどんな作用をもたらすかを、想像すら出来ないのは当た
り前だが、私が表面的な事象程度で判断をしていると返せば、ROMしている連中を欺
く事が出来るだろうと思い込みたくても、無理というもんなんですけれどね。
パソコン通信という世界を、実社会での延長に過ぎないとしか思えない者には、パソコ
ン通信ならではの『特殊な部分』に気付くことはできないと。それは第一に実社会での
“装い”は意味を失ってしまい、実社会でどのような評価を受けている人物と言えども
、パソコン通信の世界において同様な評価を受ける事は希であるというしかない。この
事は逆に言うならば、パソコン通信の世界における言動の良し悪しが、実社会での評価
に影響を及ぼす場合もあるのだが、パソコン通信の世界だからと言って安易に物事を考
えて行動する人は、嫌でも付けを支払わなければならなくなると言うことだよ。しかも
この付けはだ、パソコン通信の世界だけに留まらずして、実社会においても当然のこと
効力を持つわけで、パソコン通信の世界で実名を名乗ろうと或は匿名であろうと、何等
替わりはないというわけさ。
実社会での装いが通じないということは、パソコン通信の世界ならではの“装い”を行
なう事も可能で年齢詐称に始まり、職業詐称も珍しくはなく、性別詐称もたまにはある
と言えると。
ハンドルが男性名(或は男性を彷彿させる)や女性名(或は女性を彷彿させる)であっ
ても、本人が性別を偽ろうとしない場合には性別詐称にはならないが、男性或は女性と
しての“意味合いを持たせる”ために、意図的に異なる性別を表す者は性別詐称を行な
っているというしかない。しかしこのような詐称を行なっているからと言っても、相手
を欺く事によって“不当な利益”を得ようとしない場合には、本人の好き好きだとは言
えるな。
パソコン通信の世界では詐称が可能だとは言っても、まず不可能な詐称には“能力詐称
”がある。つまり低能を装うとするのならともかく、普段の(あるいは実社会での)己
自身の能力を超えた、詐称を行なう事は出来ないということなんだ。しかし書籍や他人
の意見を、己で考えたように表明をすることは可能なんで、「見てくれで判断」する御
仁に対しては、効果を持つ場合もあるとは言えるのだがね。
日本の教育方針と絡んだ“知識詰め込み主義”は、“論理的考察が苦手”という弊害を
生じさせているが、この影響を受けてパソコン通信に参加をしてくる人も、総体的に論
理考察がお粗末な人が多いと言うしかない。しかしパソコン通信は今でこそ画像・音声
も扱ってはいるが、元々が文字を中心としたコミニケーションから発展をしたものだか
ら、意志の疎通を計るためにも議論が発達すべき要因が在ったと。
議論が高度になればなるほど、感情的考察よりは論理的考察が多用されることとなり、
個人別の能力にも関係をして議論のレベルも、個人間の極端な差が表れてることになら
ざるをえなかったわけだ。つまり感情的考察では低レベルの議論に留まるしかないが、
論理的考察を突き詰めて行けば、自己の意志の発露や相手の意志の読み取りに、“文章
作成能力”及び“読解力”を用いなければならないという事から、必然的に国語能力が
練成される事に至ったと。又相手の意志が、表現された言葉に表れているとは限らない
から、相手の「言葉に秘められた部分」をも読み取るために、意識するしないを問わず
に「心理学的考察」を、身に付けた者も出現するようになってきた。
このような状態になると、相手の意識を読み取るばかりでは無くて、“自己の無意識”
を管理することによって、相手の“読み取り”から防衛をしようと試みることになるが
、無意識の管理に付いては以前にも述べたように“特殊な訓練”が必要なので、そうお
いそれと誰にでも適うようにはならないと。
だから、パソコン通信においての『第二の特殊性』としては、書き込んだ本人が意識を
してなかった事柄や、無意識の影響も文面に盛り込まれてしまうことになり、無能な者
ならば別とはしても、高度な論理的考察及び心理学的考察を身に付けた者に、秘められ
た事柄がいともた易く見破られることになる。
> でも、あくまでおっしゃっるなら、なんだか私も本気で男性であることを証明
>したくなってしまいますねぇ(笑)。完全変態さんの論が、私が女性であるとい
>う仮定の上に、けっこうマジに打ち立てられているような感じがしないでもない
>今日この頃だったりしてみれば、なんとかして私が男であることを証明できれば、
>わりとおもしろかったりするのかなぁ。もしそうなら、墓穴を掘ってられるのは、
>あなたですよ(^^)。
“仮説”とは何かを解らなかったJobさんが、“仮定”という用語を文書中に入れて
みても滑稽さを増すだけなんですよ。私が以前から述べていることは、Jobさんを女
性として仮定をした上での主張ではなく、「Jobさんは女性の特質を有している」と
はっきりと主張をしているのです。しかしJobさんが“私は男性だ”として逃げよう
としているので、“同性愛者”“半陰陽”“隔離された生活空間”などの特殊事例を持
ち出す事によって、現在のJobさんが男性として生活をしていても、女性的特質を所
持してしまうことになった原因を探ろうとしていたのですが、これまたJobさんが否
定をしてしまうようでは、女性として生まれ、女性として育ち、現在女性として生活を
している事になってしまうというわけなのです。
> さて、とはいえ、そこがそれ、パソコン通信の辛いとこではありますねぇ。な
>んとか証明できる方法はないものでしょうかねぇ。
> たとえ、オフでお会いしてペニスをお見せしたところで、あれは夫でしょうと
>かなんとか言われたらそれまでだし(^^)。うーん、困った(笑)。
当然でしょうね。昔“魔女”という人物がいて、雑誌にも20才の女子大生で・・と紹
介をされたり、オフで身代わりに女子大生を立てたりもしていたが、結局は男性である
と自らばらしたという事例も在り、以後においては“オカマめ!”という罵倒を受けざ
るを得なくなったのだが、無名と等しいJobさんでは、私がいなかったら騙し通すこ
とが出来たかもしれませんねえ。
> ふみみ、こんなのはどうでしょう。
> えっと、「♀ ♂♂」というのは実名ですよ。あんまりここでは言いたくなかっ
>たりするのですが。でも、ま、それもまた証明する手だてがありませんから、ハ
>ンドルということでもいいでしょう。とにかく男性名であることは、納得してい
>ただけますね。
日本キリスト教団に同名の人物が年鑑に記されていたという話が有ったが、Jobさん
は否定をしたのでは無かったのですか。ハンドル名が男性名だと言っても、性別の根拠
にはならないと既に説明をしておりますがね。
> もし私が女性であって、かつ「“女性と男性は能力的に異なりが無い”と証明」
>したいと思っていたとすれば、きっと「男性を装う」ようなまどろっこしいこと
>はしなかっただろうとは思われませんか?
> あるいは、一年近くも前から(NIFでの経歴も入れれば、もう少し前から)、
>このボードかどこかで男女論争をやらかす日のために、ソフトまで使って、準備
>をしてきたのだ、とでもおっしゃいますか? ふーん、そりゃすごいぞ(笑)。
“性別詐称”を行なう動機には色々あるだろうが、一貫した目的で用いられるとは限ら
ない。当初益となる考えが特に無くても、流れとして“意図的に用い”ようと思い立つ
事は有り得るはずだから、NIFの経歴やソフトの有無は偶然的できごとと見る事も可
能。また、逆に言うならば、過去の経歴によってこれまで示してきた性別の嘘が、知ら
れてしまう事は無いだろうと目論んだという見方も可能なので、Jobさんの申し立て
は私の主張に対する否定の決めてとしては不十分だと。
さて、Jobさんは“女性が差別されている”“男性は女性を同等と見ていない”と、
ことあるごとに表明をしてきたわけですが、このような考え方の“動機”を大きく分け
るならば三つに分かれます。そのひとつは“ふっと思った”だけで、特に何等かの裏付
けに基づいているわけではありません。二つめは観察・考察を経て“辿り着いた結論”
というもので、この場合には論説を展開する事が適います。三つめは“願望から”もた
らされている場合で、話を展開していく過程においても“差別”という二字に固着をし