#190/2159 路傍の石 ★タイトル (ZEJ21671) 91/12/ 1 6:50 (105) 「3ポンドの宇宙・脳と心の迷路」 その5 >一番星 ★内容 胎児も子宮の中でREM(急速眼球運動)睡眠、つまり夢をみているそうだ。 新生児も一日の約半分は夢をみているそうで、犬や猫も夢をみているらしいのは 私は経験的にわかります。連中も寝言云うときがありますからね。その寝言も ワンとかニャーの変形音を発するのですから笑っちゃう。 ところで、何故、哺乳類は夢をみるのだろう? この本によればその説明には いくつかの学説があるそうだ。 学説その1: フロイトの考えで、夢とは心の安全弁であり、超自我の眼を盗んで、危険でタブーに なっている感情のこもった、あるいは矛盾するメッセージをこっそり伝えるもので ある。昼間の出来事の記憶残゚謔ェ頭蓋骨内の太古の森のなかで、われわれの深い暗い 過去から引き継いだ”退行性”素材と入り混じる。などなど・・・ 学説その2: 心理的平衡を保つのに夢が必要である。例えば、昼間、侮辱を受けて自尊心を傷つけ られたときには、夢の中で自我の価値を高めて補償しようとする。 学説その3: 夢は記憶の固定化に役立つ。哺乳類の脳は既成の神経連結を全く持たずに生まれ、 経験に頼って意味あるパターンを織り上げる。夢の仕事は経験を再現し、重要な シナプス連結を強化することにある。爬虫類や魚が何故夢をみないかは、その理由に よる。また、試験勉強したあとは寝て夢みるのが良い!! ついでに試験合格した夢 までみればご機嫌なのだ・・・ 学説その4: 学説その3と全く逆。いわく、われわれは忘れるために夢をみるのだ!!! この学説が私はおもしろい。人間の情報貯蔵には上限があるのではないか。ときには 別の、もっと有用なパターンを納める場所を作るために、われわれは記憶を”消去” したほうが良い場合もあるのでなかろうか。なんでも記憶してしまう記憶男の悲惨さ とこれは呼応する問題かも知れない。 ある学者たちが、この学説を確認するためにコンピューター・シュミレーションを 行なったそうだ。そのモデルやアルゴリズムはよく分からないが、そのシミュレー ション結果によると、神経網がむりやり多数重なりあったパターンを押し付けられて 過負荷になった”脳”はなんと”発狂”した! 『彼らの新皮質網モデルは、気ままな活動様式を呈し、奇怪な連想・幻想的なシリコン のたわごとを印刷して吐きだした。ときには、”とり憑かれた”ようになり、同じ記憶 を幾通りも変えてもち、あるいはどんな刺激に対してもほんのわずかの記憶だけを印刷 するという反応を示した。・・・・』 人間のシナプスの大部分は興奮性で、混線した神経回路網は発振しやすい、というこ とでもあるらしい。発振というのは、電子回路などに現われる現象で、回路網に正の フィードバックが形成されてしまい、入力信号がないのに、自身で勝手気ままな出力 を出す誤動作状態だが、AMP.などの電子回路を設計した人なら誰でも、この発振 現象に苦しめられているはず。てんかんなども脳の神経回路網の発振現象のようで、 人間の脳も、会社の実験室のなかの電子回路も同じ自然現象に苦しめられるというの は、あたりまえの自然現象であるかも知れないが、しかし、ちょっと妙な気分になる。 この学説によれば、夢は心配ごとというもつれたモノを繕っているのではなくて、 もつれを”ほぐしている”神経網の一瞬の影だ、ということだそうだ。だから、夢とは 生体が破棄しようとしている記憶パターンだから、夢を更に記憶するのは勧められる ことではない、ということにもなる。そういえば、あまり夢というのは憶えていないも のだ 何故動物は夢をみるのか、ということの説明で、この本で紹介されていない他の説明が L.ワトソンの『生命潮流』という本に書かれている。それは、そもそも、睡眠とは、 動物をジッと静止させておく”固定剤”の作用をさせるものでもある、というのだ。 動物にとって、外界をウロウロ動き回るのは、必ずしも有利なことではなく、隠れ場 所でジッと動かずに居ることが有利な場合もあるわけで、そういう、一個所での静止 状態を保つために睡眠が発達していった、というのだ。そして、REM睡眠、すなわち 夢をみるということは、睡眠中に危険な場合に遭遇したとき、直ぐ行動に移れる用意だ というのだ。夢とは、いざというときのために体にエンジンをかけておく、というわけ だ。睡眠の期間中、定期的に現われる夢とは『動物を動かない状態にしたまま、なお かつ目を覚ます準備態勢をとらせる警報装置』だというのである。 このように、たかが夢といっても、いろいろな役目があるようで驚いてしまう。夢の いろいろな学説も、たぶん、それぞれ正しい面があるのだろう。夢も一筋縄では いかない複雑怪奇なもののようだ。 この本に書かれている、興味深い話はカリフォルニア大学のゴードン・グロバスという 学者の”実存的精神医学”に関連する話。これは難解で、この本で読んでもよく解らな いが、なんか興味深い。以下、その不可思議な魅惑的な”学説”、いや神秘的”呪文” を披露しよう。 夢とは、われわれの昼間の出来事の反映なんかではなくて、夢は一つの独立した実体な のだ。荘子は蝶になった夢をみたそうだが、荘子のジレンマは、実は、われわれの実存 的なジレンマなのだ。つまり『わたしは蝶になった夢を見ている人間なのか、それとも 人間になった夢をみている蝶なのだろうか?』 『わたしたちが知覚するであろう世界は全て、アプリオリに脳の中に存在する。いま、 わたしたちが見ている世界はこの無限のアプリオリな貯えの中から選ばれたものです。 ・・・夢は限りなく創造的です。何故かというと、夢を見る機構は、脳の無限の貯え から、わたしたちがそれまで見たことのないものを選びとるからです。』 『わたしたちは、全員みな同じ世界を知覚しているというが、しかし、ブラックホール と呼ばれる奇妙な天体から、それと同じぐらいに奇怪なクォークにいたるこの宇宙が、 壮大な、集団的な”夢”である可能性もある。』 『わたしたちが現に知覚しているようにものごとを知覚するのは、ホモ・サピエンスの 脳がそのようにできているだけのことかも知れない。 神の脳、あるいは別の進化を とげた地球外脳は異なる宇宙を”構想”するだろうか?』        *         *         * 私はこういう煙りにまかれるような話しは大好きであるが、しかし本当にこの世界は ”客観的”実在世界なんてもんじゃあなくて、私の脳が”勝手に”創り上げた幻想な のだろうか。そうかも知れない。一切合財、夢のまた夢。この世は私の脳の幻覚!!                                 一番星